家族と出掛けた先で見つけたもの
一日の全ての授業が終わり、放課後を迎えた稜秩は一人で校門へ向かっていた。今日は放課後に家族と出掛ける約束をしているからだ。
校門を抜けて学校沿いを少し歩くと、白黒のミニバンが路肩に停まっているのが見えた。歩幅を広げて近づく。
すると、車のスライドドアが開いた。
車内からドアを開けてくれた八保喜と目が合う。
「おかえり」
「ただいま」
言葉を交わし、車に乗り込んで八保喜の隣に座る。
シートベルトを締めると、車は走り出した。
「そういえば、咲季ちゃんはまだ下校しないの?」
稜秩は、ハンドルを握る父とルームミラー越しに視線を交わす。
「絵を描きたいからって学校に残ってる」
「咲季ちゃんは本当に絵を描くのが好きよね。上手だし。また私の絵も描いてほしいわ」
「『いいよ』って言うと思うけど聞いてみる」
携帯電話を取り出し、助手席に座る母のリクエストをメールで咲季に伝える。
すると、すぐに返事が返ってきた。その速さに稜秩は少し驚く。
「……『いつでも描くよ!』だって」
「え? もう聞いたの? 早いわね。でも嬉しい。楽しみにしてるわ」
振り返る母も驚いた顔を見せたが、すぐに微笑んで前を向いた。
稜秩は母の言葉を咲季に伝え、彼女からの返信を確認してから携帯電話をズボンのポケットにしまった。
車に揺られて到着したのは、大型のショッピングモール。服屋や雑貨、飲食店など多数の店が入居している施設だ。
住んでいる地域からは車で約四十分。稜秩はここに来るのが初めてだった。たまにテレビで映っているのを見るくらいだったが、実際に目にすると、その広さに驚くばかり。初めて見る店もあり、とても新鮮だった。
「これいいね」
足を止めたルビンの視線の先にはジグソーパズルがあった。大木から垂れ下がる藤の花が、一面に咲いているデザイン。
稜秩も近づいてそれを見る。
「暗いところで光るタイプか。親父、こういう絵柄好きだよな」
「うん。見ているだけで落ち着くんだよね」
穏やかに笑う父は、他にどんなものが置いてあるのかとパズル屋の店内に入っていった。稜秩たちも後をついていく。
平面のものはもちろん、立体のジグソーパズルも多数あった。
稜秩は、その中の一つに目を奪われた。オオカミの形をしている立体パズルだ。透明なピースで組み立てられ、見本としてショーケースに置かれているそれは、凛々しい姿で立っている。
(すげぇカッコいい……欲しいな。でもなぁ……)
「それ欲しいのか?」
屈んでオオカミと同じ目線になるくらいに夢中になっていると、隣から八保喜の声が聞こえてきた。ドキッとして姿勢を正す。
「……別に」
「……またまたぁ」
八保喜の顔はニヤニヤと笑っていた。その彼の手が、オオカミのパズルのピースが入った箱を掴んだ。
「たまには甘えるもんじゃ」
得意げな笑みを見せる八保喜は、レジの方へ向かっていった。
(俺、そんなに分かりやすい顔してたのか……?)
稜秩は急に恥ずかしくなり、頭を掻く。視界の端に、会計をしている八保喜の姿が見えた。背中から上機嫌さが伺える。
彼が踵を返してこちらに戻ってきたかと思えば、小さな紙袋が差し出された。
「ほれ」
「……本当にいいのか?」
「当たり前じゃ。何も遠慮することないわい」
「……」
稜秩は徐に手を伸ばし、それを受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
声を弾ませる八保喜は満足そうだった。誰かのためにお金を使いたいと思っていたのだろうかと考えてしまう。しかしそれはすぐに薄れ、嬉しさがやってきた。
夜寝る前に組み立ててみようと思い立つ。
その後も様々な店を回っていると、一層賑やかな場所が見えてきた。
「ねえ、エアホッケーしない?」
ゲームセンターの前を通り掛かり、それを見つけた珠紀が生き生きとした表情で言った。ルビンが頷く。
「いいね」
「じゃあダブルスで勝負しましょう!」
「チーム分けどうする?」
八保喜も稜秩も賛成し、じゃんけんでペアを決める。その結果、稜秩と珠紀、ルビンと八保喜の2チームに分かれた。
エアホッケーの機械にお金を入れ、対決が始まる。先攻はルビンのチーム。八保喜が打ったパックが勢いよくゴールに向かってきた。しかし、珠紀がそれを阻止し、打ち返す。パックは速さを保ったまま真っ直ぐ滑り、ルビンチームのゴールへと入っていった。
「あ、やられた!」
「やっぱり母さん上手いな」
「好きでよくやってたからね!」
(俺が小さい頃もよく付き合わされたなぁ)
稜秩は自身の幼少期を思い出す。ゲームセンターにエアホッケーがあれば、母は必ず「やろう!」と言っていた。子供相手であれば手加減はするが、大人が相手だと容赦ない。次々とパックをゴールへ入れていた。
今回もそうだろうなと思う。
稜秩の予想は的中し、10対2という結果で稜秩と珠紀のチームの圧勝だった。
「やったー!」
珠紀が満面の笑みを浮かべてハイタッチを求めてきた。稜秩は微笑んでそれを受け入れる。
(母さん、楽しそうだな)
母がはしゃいでいる姿を見るのは久しぶりだった。純粋に楽しんでいる様子が心を和ませる。同時に、昔と変わらないんだなと感じた。
その後、少し早めの夕食を済ませ、食料品売り場で買い物をすることになった。しかし、四人全員で行くと他の人の邪魔になるということで、稜秩と八保喜はその周辺で時間を潰すことにした。
あてもなく歩いていると、花屋を見つけた。色とりどりの花たちがたくさん並んでいる。その中で、店先の棚に置かれたオレンジ色のカーネーションが、稜秩の目に止まった。カーネーションのもとへ歩み寄る。
「花でも買うのか?」
後ろをついてきた八保喜が花を見回しながら問うてきた。
稜秩は直感で感じたことを口にする。
「咲季に渡そうと思って」
「それはええのう。絶対喜ぶじゃろ。で、どれにするんじゃ?」
「このカーネーション」
答えながら、オレンジ色の花に手を伸ばそうとする。だが、直前で動きを止めた。
(そういや、花って渡す本数によって意味も違ってくるって言うよな)
稜秩はズボンのポケットから携帯電話を取り出し、検索してみる。サイトには、一本なら「あなたは私の運命の人」、三本なら「あなたを愛しています」と本数ごとの意味が書かれていた。
「何見てるんじゃ?」
「花の本数によって意味変わるのよなーって思って調べてんの」
「ほほぉ〜」
何か言いたげな顔で笑う八保喜は、その場から離れていった。
それを一瞥し、稜秩はバラ売り場のカーネーションを三本手にする。そしてすぐに会計に向かった。
「あの、プレゼント用なのでラッピングってしてもらえますか?」
「はい、出来ますよ!」
店員の女性は明るく笑って頷いた。
「ラッピングのカラーや花の長さはどうしますか?」
「花はそのままの長さで、ラッピングは……」
稜秩はレジカウンターに提示されたラッピングの案内に目を落とす。赤や青など七色ある中から一色、または二色選ぶことが出来るようだった。
「黄色と白でお願いします」
「かしこまりました!」
特に迷うことなく決め、会計を済まる。ラッピングには少し時間が掛かるため、店内の花を見ながら待つことにした。
「お客様、大変お待たせしました!」
店員が花束を持ってやってきた。両手でそれを受け取る。
「ありがとうございます」
お礼を言って会釈をし、店員の「ありがとうございました!」を背に受けながら店を後にした。
近くで時間を潰していたであろう八保喜が近づいてくる。
「良い贈り物じゃな」
「ああ」
頷く稜秩は微笑み、改めてカーネーションの花束に視線を注いだ。白と黄の不織布に包まれている花は、鮮やかに咲いている。そこに合わさるように、咲季の顔が浮かんだ。
(喜んでくれたらいいな)
心の中でぽつりと呟く。そうした途端、一秒でも早く咲季のもとへ行きたくなった。両親には申し訳ないが、すぐにでも買い物が終わらないかとそわそわする自分に笑ってしまう。