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高校生活最後の文化祭①

 高校生活最後の文化祭は快晴の空のもと、開催されていた。今年も在校生はもちろん、一般公開で来校している人たちで校内は溢れている。呼び込みの声や楽しそうな笑い声が飛び交っていた。


 教室を一つ使って作られたお化け屋敷の出口から、咲季(さき)が満面の笑みで出てきた。その腕には、天夏(あまな)がガッチリ掴まっている。


「面白かったー!」

「面白かったけど、張り切りすぎよこのクラス……! ゾンビのメイクがリアルなのよ……!」

「すごかったよねー」


 うんうんと頷く咲季(さき)は、お化け屋敷でゾンビと遭遇した時の天夏(あまな)のリアクションを思い返す。突然物陰から出てきたそれに驚いた彼女は、叫び声を上げて腕に飛びついてきた。

 腕を掴む力は強く少し痛かったが、咲季(さき)は気にすることなく状況を楽しんでいた。


天夏(あまな)はああいうの苦手だもんね)

「わああああっ!!」


 お化け屋敷の中から、聞き慣れた声が飛んできた。それなりに賑やかな廊下に響き渡る。


「今のは瀬輝(ぜる)くんだね」

「出てくる時は私みたいに連朱(めあ)稜秩(いち)の腕にくっついてるんじゃないかしら……」


 二人は出口の横で待機する。

 程なくして、三人が出てきた。天夏(あまな)の予想通り、瀬輝(ぜる)連朱(めあ)の腕にしがみついていた。


「文化祭でやるレベルじゃねえって……!」

瀬輝(ぜる)くんの声、廊下まで響いてたよ」

「暗いところで見るゾンビがやばいくらい怖かったんだって……!」

「ゾンビ以外でもずっとギャーギャー騒いでたけどな。入る前から連朱(めあ)の腕にしがみついてたし」

稜秩(いち)には分からないだろうな! ホラーが苦手な人間の気持ちが!」

「やっぱり、やめておいた方がよかった?」

「え!? いや全然! 怖かったけど、俺が入るって決めたことなんで問題ないです!」


 瀬輝(ぜる)は心配そうにする連朱(めあ)に対し、勢いよく手を振る。かけられた言葉ごとに表情や口調が変わる様子は、いつもと変わらない。しかし、咲季(さき)にとってはそれが何だか面白く思えた。


「ゾンビ、怖かったわよね」

「だろ!?」


 それぞれゾンビに驚いた二人は、その怖さに共感し合った。


 お化け屋敷を後にした咲季(さき)たちは、模擬店を見て回り、早めの昼食を買っていた。

 それらを手に持ち、グラウンドに設置されたテーブルに着く。


「いただきまーす」


 咲季(さき)は焼きそばに箸を伸ばした。一口食べれば、上機嫌な表情になる。

 それを正面から見ている稜秩(いち)が優しく微笑んだ。


「美味しいか?」

「うん!」


 曇りのない笑みで頷いた咲季(さき)は、周りに視線を向ける。隣に座る天夏(あまな)は、みたらし団子を食べていた。その口元にはタレが少しついている。


(可愛いなぁ。こういう様子も描きたいけど、天夏(あまな)は嫌がるよね)


 絵に収めたい気持ちを抑え、咲季(さき)は模擬店で食品を購入した際に貰った紙ナプキンを天夏(あまな)に差し出す。


「口元にタレついてるよ」

「え、ウソ……!?」


 小声で伝えると、同じくらいの声量が返ってきた。同時に、紙ナプキンが手からそっと離れる。


「あ、本当だわ……ありがとう」


 タレを拭き取った天夏(あまな)の頬は、薄らと赤くなっていた。


「先輩、食べないんですか?」


 瀬輝(ぜる)の一言で、咲季(さき)たちの視線が連朱(めあ)に集まる。

 連朱(めあ)は購入した食べ物は食べず、ペットボトルに入ったレモンティーだけを飲んでいた。


「ちょっと、緊張で食欲なくて……」

「この後、ファッションショーだものね」

「確か朝から何も食べてないんですよね?」

「うん……」

「けど、何か食わないとどっかで倒れるかもしれないぞ」

「うぅん……分かっては、いるんだけどね……」


 歯切れ悪く話す彼は笑顔を見せる。だが、それは不自然に引き攣っていて、必死に作っているのは一目瞭然だった。

 数時間後に同じ舞台に立つ身として、咲季(さき)も何か言葉をかけようとする。しかし、彼の隣にいる瀬輝(ぜる)の動きが気になり、そこに意識が向いた。


「それなら、飴を舐めたらいいですよ」


 瀬輝(ぜる)がズボンのポケットから取り出したのは個包装された飴玉。それをいくつか連朱(めあ)に差し出している。


瀬輝(ぜる)くん、用意いいね」

「まあな」

「もらっていいの?」

「もちろんです!」

「ありがとう」


 連朱(めあ)は黄色の飴玉を一つ取った。

 この光景を目にした咲季(さき)は、同じような場面をどこかで見たことある気がしていた。


(あ、そうだ。瀬輝(ぜる)くんと秋凪(あきな)ちゃんが初めて会った時だ)


 すぐに思い出し、僅かに頷く。二年ほど前のことが懐かしく思えた。


采之宮(さいのみや)さん!」


 突然、行き交う人混みの中から名前を呼ばれ、咲季(さき)は声がした方へ顔を向ける。他クラスの女子生徒数人がそばにいた。彼女たちは溢れんばかりの笑顔を見せている。


雪村(ゆきむら)先生の絵、よかったよ〜!」

「え、本当!?」

「うん!」

「先生ってああいう表情(かお)するんだってびっくりしたけど、私、あの絵好きだよ」

「ありがとう!」


 思いがけない言葉たちに、喜びが胸に満ち溢れた。感情のままに表情を緩ませる。

 女子生徒たちは「それが言いたかっただけだから」と言い残し、去っていった。


「よかったわね」

「うん。でも、他のクラスの子からそう言われるとは思ってなかったから、ちょっと照れくさい」


 咲季(さき)は頬をほんのりと赤く染め、髪を撫でるように触れた。


「じゃあこの後、チビッ子が描いた絵を見に行こうぜ!」

「そうね」


 瀬輝(ぜる)の提案に、咲季(さき)の背筋がピンと伸びた。心拍数も上がる。


(みんなで見に行くのか……何か恥ずかしいなぁ……)


 いつもならそう思うことはない。しかし、今回は予想外のところから好意的な反応をもらったため、変に緊張していた。もちろん、描いた絵をみんなにも見てほしいという想いもある。


 それらを抱えて、四人とともに席を立った。


 美術部と手芸部の作品が展示されている二階のコモンスペースに着くと、咲季(さき)は前日に壁に掛けた自分の絵の場所を確認する。

 そこには雪村(ゆきむら)がいた。

 咄嗟に咲季(さき)の足が止まる。


「どうした?」


 隣を歩いていた稜秩(いち)も立ち止まり、顔を覗き込んできた。


「あー……また後でいいんじゃないかなーって思って……」


 咲季(さき)は視線を彷徨わせる。

 一方稜秩(いち)は、咲季(さき)が見ていた方へ顔を向けた。その瞬間、納得の表情を浮かべる。


「……先生がいるから恥ずかしいのか」


 静かな問いかけに咲季(さき)は小さく首を縦に振る。


「珍しいな。そういうの」

「多分、さっき他のクラスの子から『良かったよ』って言われたのが影響してると思う……みんなであたしの絵を見に行こうってなった時も緊張しちゃったし」

「ほー。けど、瀬輝(ぜる)たちも絵の目の前にいるぞ」

「えっ……!」


 咲季(さき)は再び絵の展示場所を視界に入れる。ここまで一緒に来ていた三人と雪村(ゆきむら)が、絵の前で話していた。


「何も恥ずかしがることねぇよ」


 優しい声音の後に、大きな手にそっと背中を押された。反動で足が一歩前に出る。不思議なもので、徐々に緊張や恥ずかしさは薄れていった。

 稜秩(いち)を見上げる。安心感のある微笑みがこちらを見ていた。


「行こうぜ」

「……うん!」


 生き生きと返事をした咲季(さき)は、雪村(ゆきむら)たちのもとへ行く。


咲季(さき)、素敵な絵だね」

「ありがとう」


 連朱(めあ)にお礼を言った後、改めて自身の絵と向かい合う。


 キャンバスに描いた雪村(ゆきむら)は、穏やかに笑っている。あの時見た表情のまま。下書きも着色も細部まで拘り、彼の笑顔を忠実に再現した。淡い色を何層にも重ねて浮かび上がらせた色が、より柔らかい雰囲気を持っている。


「すごいな。俺、こんな表情するのか」


 そばにいた雪村(ゆきむら)が呟くように言った。咲季(さき)は絵を見つめたまま答える。


「してましたよ。先生が音楽室で瀬輝(ぜる)くんと話してた時に」

「えっ、見てたのか!?」

「こっそりと。偶然なんですけどね」


 雪村(ゆきむら)と目を合わせながら、柔らかく笑う。本当に偶然。それがなければ、こんなに良い絵は描けなかった。胸に感謝の気持ちが溢れる。

 咲季(さき)は体ごと雪村(ゆきむら)の方へ向き直った。


「先生、ありがとうございます」

「えっ」

「先生のおかげで満足のいく絵が完成しました」

「いやいや、俺の方こそだよ……! 予想以上のクオリティーでびっくりしたし、こんなに立派に描いてもらえて嬉しいし! 本当、ありがとう!」


 普段の落ち着いた彼からは想像が出来ない慌てた様子は、新鮮だった。

 すると、雪村(ゆきむら)がハッとしたような表情を見せた。


「あ、じゃあ俺、この後用事があるから……! 文化祭、楽しめよ……!」


 そう言いながらそそくさと去っていく。

 彼の素早さに瀬輝(ぜる)は苦笑いを浮かべた。


「先生、逃げたな」

「照れくさかったのよ、きっと」


 天夏(あまな)の柔らかい口調を聞きながら、咲季(さき)雪村(ゆきむら)を見送った。その背が見えなくなると、キャンバスの彼を見つめる。何度観ても申し分ない仕上がり。

 そして、描いて良かったと心から思え、自然と顔が緩んだ。

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