文化祭の準備
放課後の校内は、文化祭に向けて準備を進めている生徒たちで賑わっていた。各々、模擬店の看板やお化け屋敷の小道具などを楽しそうに作っている。
また、被服室には、ファッションショーの衣装作りに励んでいる生徒たちもいた。
ファッションショーは文化祭で初めて開催される企画で、第一回目のテーマは「春夏秋冬」。各クラスごとに四季に沿った衣装を、男女一名ずつのモデルが着ることになっている。
この企画に人一倍気合いを入れているのが天夏だった。ファッションデザイナーを目指す彼女にとっては当然のこと。
天夏は、くじ引きで決まった「秋」のファッションデザイン画を描き、それをもとに咲季たちと分担しながら衣装を製作していた。
黄色のチェック柄の布を使い、ボタン付きのブラウスを仕立てる。もうすぐ襟も完成するところだ。
「天夏、どうかな?」
向かいから聞こえた声に顔を上げると、同じ机を囲んでいる連朱と目が合った。そこから、彼が見せてきた白いベレー帽に視線を向ける。生地から作られたそれは、店で売られている商品とさほど変わらないくらいに綺麗に仕上がっていた。手がけた彼の性格が表れている。
そして、ワンポイントとして側面に縫い付けられたラフランスの小さなワッペンが、帽子をさらに可愛くさせていた。
「いいじゃない。出来栄えも綺麗だし」
「よかった。咲季、ちょっと被ってみて」
「うん」
連朱から咲季に渡ったベレー帽が、彼女の頭を優しく包む。
「どうかな?」
「可愛いわ」
「似合ってるよ」
素直に伝えると、隣に座る咲季の顔が嬉しそうに笑った。その表情が天夏の心を満たす。そして、自分がデザインしたものが形になり、モデルを務める咲季と連朱がそれを身につけてランウェイを歩く姿を想像しただけでも、胸が高鳴った。
「咲季はスカートの方はどれくらい出来た?」
「あと左側を縫ったら完成だよー」
ベレー帽を被ったままの咲季が、作りかけのスカートを広げて見せてきた。デニム生地のスカートの側面に作ったスリットに、ブラウスと同じ黄色のチェック柄の布が縫い付けられている。左側は待ち針で仮止めされている状態だ。
「でも、本当にこのスカート使ってよかったの?」
咲季の視線がスカートに注がれた。それは天夏の私物で、ファッションショーのためにと彼女が持ってきたものである。
「いいのよ。一年以上履いてなかったし、これからも履くことはないと思うから」
天夏は何も気にしていない表情をする。自分が以前履いていたものがタンスの肥やしになるくらいなら、こうして新しく生まれ変わらせる方がいいと考えているからだ。
しかし、咲季は少し抵抗があったようで、スリットを作るためにそれに鋏を入れるのには躊躇していた。
(あんなに躊躇うとは思わなかったわ。私が切り込みを入れた方がよかったかしら……)
その時の様子を思い出していた天夏は、ちらりと隣の机を見る。稜秩に教えられながらズボンを製作している瀬輝の姿が視界に入った。彼の表情は真剣そのもの。それもそのはずで、作っているのは連朱がファッションショーで着用するものだからだ。
焦茶色のチェック柄の布は、ある程度ズボンの形になってきている。
「そっちの進み具合はどう?」
「まあ順調だ」
問いかけると、稜秩の微笑みが返ってきた。しかし、瀬輝は変わらず手元に集中している。
「とりあえず完成したら二人に試着してもらう予定だから、瀬輝も頑張ってね」
「おー」
ズボンとミシンから目を離さず、瀬輝が返事をした。それにそっと笑みをこぼした天夏は、作業を再開させる。
一旦全員の作業が終わったところで、まずは咲季に衣装に袖を通してもらうことになった。
被服準備室で着替えた彼女が出てくると、続いて連朱がそこへ入っていった。
作りたての衣装を身につけている咲季がそわそわとしている。その理由に、天夏がすぐに気付いた。
「あら、髪下ろしたのね」
「下ろした方がいいかなーって、思って」
「じゃあ当日もそれでいきましょう」
「うん!」
明るい表情で咲季が頷く。
続いて、洋服に視線を移す。トップスインしているブラウスとスカート。どちらにもチェック柄があるので、秋らしさが感じられる。
「イメージ通りね、可愛いわ」
「ありがとう」
「ね、稜秩もそう思うでしょう?」
天夏は、近くで座っている稜秩に返事を求める。
青い瞳は咲季を見つめたまま首を縦に動かした。
「ああ」
優しい声音に咲季が照れ臭そうに笑う。
そんな二人が微笑ましくて、天夏は表情を緩めた。
すると、以前咲季と交わした「ウエディングドレスを作る」という約束が頭に浮かんだ。二人のその時がいつになるかは分からない。だけど、約束は必ず守りたいと心に誓う。
(そのためにはちゃんと学校に通って勉強して、そういう仕事に就かなくちゃ)
改めて自身の進路を思うと、より気が引き締まる。
「先輩、似合ってます! カッコいいです!!」
興奮した瀬輝の声に天夏はハッとした。準備室から出てきた連朱に視線を注ぐ。
ロング丈の白いカーディガンにVネックの黒いTシャツ、瀬輝が作っていたズボン。そのどれもが、彼の魅力を際立たせていた。
「本当、よく似合ってるわね」
「モデルさんみたいだね」
「えぇ……!? そんなことは……!」
「謙遜すんなって。カッコいいし似合ってるのも事実なんだからさ」
「そうですよ!」
「いや、でも恐れ多いっていうか……」
連朱の相変わらずな反応に、天夏はもっと自信持てばいいのにと心の中で呟いた。どこか勿体なさを感じつつ、衣装を着ている二人を交互に見る。
「ペアルックって感じで可愛いわね」
ふと口から出た言葉。天夏は思わず稜秩を見上げる。
「……今更だけど、稜秩はペアルックみたいなの、気にする?」
様子を伺うように問うと、青い瞳と視線がぶつかった。そこから負の感情は感じられない。
「気にするも何も、嫌だったら最初からOKしねぇよ」
「それもそうよね」
落ち着いた声音に天夏は胸を撫で下ろす。
しかし、このやりとりを聞いていた瀬輝は「ハンカチのことは気にしてたのに……?」と思っていた。
「何か、緊張してきた……」
弱々しい声を発した連朱が顔を強張らせている。
体を小さく左右に動かして落ち着きのない様子に、稜秩が苦笑いを浮かべた。
「今からそんな感じで、当日大丈夫なのかよ」
「分からない……」
「先輩なら大丈夫ですよ!」
「あ、ありがとう」
じっとしていられない連朱を、天夏は静かに見守る。そうしながら、演劇部でステージに立つ前はあんな感じだったと、当時を振り返った。
「楽しみだね」
控えめな声が聞こえ、隣に顔を向ける。穏やかな笑みを浮かべている咲季の顔がこちらを見ていた。
つられて天夏も微笑む。
「そうね」
静かに言葉を交わし、咲季の衣装から連朱の衣装へと視線を送る。ランウェイではどんな表情を見せてくれるのかと、その日が待ち遠しかった。