海。そして。
単身で海に来た連朱は、ソフトクリームを手にしながら浜辺近くのベンチに座った。海を背景に、その写真を携帯電話で撮る。空と海の青と、ソフトクリームの白が綺麗な景色を生み出した。
満足の行く写真を撮り、早速一口食べる。柔らかい甘さが広がった。
(美味しい。神昌さん、こういう味も好きなんだなぁ)
彼についてまた一つ知ることが出来て嬉しくなった。徐にSNSを開き、昨日の神昌の投稿を見る。
《先日、海を眺めながらカフェのソフトクリームを食べました。すごく美味しいので、皆さんも是非。》
その文字に添えられた写真は、先ほど連朱が撮った構図とほぼ同じだった。
神昌と同じものを食べたい衝動に駆られた連朱は、バスに乗って海のすぐ近くにあるカフェのソフトクリームを買いに来ていたのだ。
(これ、バニラでよかった)
「ここのソフトクリーム、美味しいですよね」
「はい、すごく美味しいです──」
隣のベンチに座った人からの言葉に反応し、顔を上げる。瞬間、連朱の目は飛び出るほど大きく開かれた。
「偶然だね」
笑顔の神昌がそこにいた。
「か、神昌さん!? 何でここに!?」
「いやー、SNSに写真投稿したら急に食べたくなって。また来ちゃった」
神昌は楽しそうに笑って、持っていたソフトクリームを食べた。
(SNSに投稿した翌日には来ないだろうって思って来たのに、ここで会う!?)
心の準備が出来ていない連朱は、動揺であたふたする。それでも、手にしているソフトクリームは落とさない。
「今日は一人?」
「はっ、はい……! このソフトクリームを食べに、バスに乗って……」
「僕の影響?」
「そう、です」
問いに答えた後、頬が熱くなるのを感じた。恥ずかしさで隣を向けない。
「嬉しいなぁ」
落ち着いた声を最後に、会話が途切れた。周囲にいる人たちの話し声や波の音だけが、静かに響いている。
それらを耳にしながら、連朱は落ち着かない様子でソフトクリームを口にした。
すると、ゆっくりとソフトクリームを食べている神昌が口を開いた。
「連朱くんはこの後何か用事あるの?」
「あ、いえ、特には……」
「じゃあさ、これ食べ終わったらドライブ行かない?」
「ドライブ!?」
思いもよらない提案に連朱の声が上擦る。
「うん。こうやってまた会えたのも何かの縁だし、連朱くんと色々お話ししたいからさ。どうかな?」
「えっと……」
連朱は視線を彷徨わせる。何かを言わなくてはと言葉を探すが、混乱する頭では何も出てこない。
(どうしよう、どうしたらいいんだ……!)
「あ、嫌だったら無理にとは──」
「いっ、嫌ではないです!」
神昌の言葉を遮り、力強く否定した。そうしてから、一拍置いて静かに話し出す。
「ただ、ファンの俺がそんな贅沢していいのかと思って……俺のせいでSNSに色々書かれたら神昌さんに迷惑がかかるし……」
あくまでも俳優とファンという立場。連朱は、それ以外の関係は望んではいなかった。何より、自分のせいで神昌の活動に影響が出るのは耐えられない。
「そこまで考えてくれてるんだね。ありがとう。でも僕たち、もうプライベートで何回も会って話してるからそこまで気にしなくていいよ」
「それはそう、なんですけど……」
「なら話は早い。この後ドライブ行こう!」
「えぇ……!?」
勢いに押されるまま、連朱は神昌とドライブに行くことになった。
ソフトクリームを食べ終えた二人は、近くの駐車場へ向かう。
「この車ね。助手席にどうぞ」
「はっ、はい……!」
神昌の声に従い、連朱は深緑色の車に近づく。助手席のドアを開けると、シトラス系の香りが鼻腔をくすぐった。
(芳香剤か。すごくいい匂い。しかも車内も綺麗……)
整えられた環境に、連朱の緊張がさらに高まった。シートベルトを締める手が小刻みに震える。
何とかシートベルトを締めると、エンジンがかかり、カーオーディオから音楽が流れてきた。海に似合う、爽やかなJ-POP。何度か聴いたことがある曲が、連朱の緊張を少しだけ解した。
「今日は、僕のことは友達だと思ってくれていいから」
「友達ですか!?」
「そう。その方が緊張しなくていいでしょ」
「そ、そう、ですね……」
神昌の優しさに有り難さを感じつつも、そんな風には絶対に思えないと姿勢を正す。
やがて、車は動き出した。
「連朱くんは学校が休みの日は何してるの?」
「おっ、俺の話ですか……!?」
「うん。連朱くんのこと知りたいし」
「俺は……休みの日は家で映画観たり、友達と出掛けたり、してます」
「おー、いいねぇ。映画はどういう系が好きなの?」
「アクションとミステリーが特に好きです。『仮面の隙間』とか」
「『仮面の隙間』いいよねー! 僕も好き」
運転しながら頷く姿に連朱の胸が躍る。自分が好きなミステリー作品を、神昌も同じように好きでいることが嬉しかった。
「いいですよね。じゃあ『ラビリンス・ボックス』は好きですか?」
連朱は、自身が最も好きなアクション要素が入ったミステリー作品を挙げた。ちらりと運転席側を見る。
どこか困ったような表情を浮かべる神昌の顔が視界に入った。
「あー、それタイトルは聞いたことあるけど、ちゃんと観たことないなぁ」
「そうですか……」
連朱は肩を落とし、ゆっくりと進行方向を向く。さすがにいくつも同じ作品を観てるとは限らないよなと、苦笑いを浮かべる。
「でも、今度観てみるよ」
その一言を耳にし、パッと神昌の方を見る。
「多分連朱くんのオススメでしょ?」
「そ、そうです……! すごく面白いので是非!」
連朱は何度も小さく頷く。しゅんとした心が一気に元に戻った。
そこからは一度も笑顔が絶えることはなく、神昌とのドライブを楽しんだ。
しばらくドライブをして打ち解けてきた頃、車は連朱の家の前に到着した。
「送ってもらってありがとうございます」
「僕が半ば強引に誘ったんだから気にしないで」
連朱はシートベルトを外し、車外へ出ようとした。
「あ、そうだ」
何かを思い出したような声を発した神昌に視線を向ける。
「まだ口外は出来ないけど、これから色んな仕事があるから楽しみにしてて」
神昌の表情は明るく、楽しい仕事が沢山あるのだろうと予想が出来た。
連朱も同じ表情を見せる。
「はい! すごく楽しみにしています!」
どんな仕事内容なのか。早くその詳細を知りたいと思いながら車から降りる。
「今日はありがとうございました!」
「こちらこそ。じゃあ、またね」
「お気を付けて」
ドアを閉めて間もなく、車は走り出した。
連朱は小さく手を振りながら、神昌を見送る。車が見えなくなっても、しばらくその場に留まった。
「ふぅ……」
深呼吸を一つし、胸に手を当てる。小一時間の出来事だったが、幸せな気持ちが次から次へと溢れてきた。
「……今度会う時は、劇場かな」
予想をそっと溢して穏やかに笑う。そして、胸に満ちる幸せに浸りながら、自宅の玄関に向かって歩き出した。