二人でおつかい
十六時頃。咲季はリビングのソファーに座り、夕方の情報番組を観ていた。今日の特集コーナーでは、デパ地下で開催されているスイーツフェアが紹介されている。チーズケーキやシュークリーム、マカロンなど様々なスイーツが次々と出てきていた。
(美味しそう)
前のめりになって興味津々に見入っていると、キッチンの方から母の声が聞こえてきた。
「あら、残り少ないわね」
その言葉の意味を探すように、母の方に顔を向ける。母は冷蔵庫にしまっていた牛乳パックを手にしながら、少し困ったような表情をしていた。恐らく、残りが少ないというのは牛乳のことだろう。
「牛乳、夜ご飯に使うの?」
「そうしようと思ったんだけど、足りないからどうしようか迷ってるのよね」
すると、咲季は迷いなく言葉を口にした。
「あたし買ってくるよ」
「え、いいの?」
「うん。それに、何か買い物に行きたい気分だし」
「そう。じゃあ、お願いしようかな」
「任せて!」
こうして、咲季は牛乳を買いに行くことになった。
すぐに準備をし、家を出る。
少し歩くと、同じように家から出てきた稜秩の姿が見えた。石段を降りてくる彼のもとへ、満面の笑みで駆け寄る。
「いっちー!」
「おお、咲季。どした?」
「あたしはこれから買い物に行くの! いっちーは?」
「俺も同じ」
稜秩は嬉しそうに竹製の買い物かごを見せてきた。
「じゃあ一緒に行こう!」
「そうだな」
咲季は稜秩の隣に並び、共に歩き出す。そうしながら、昔も同じことがあったなと小学生の頃を思い出していた。
その日は母におつかいを頼まれ、買い物に出掛けた。そして、家から出てくる稜秩と鉢合わせし、二人で近所のスーパーマーケットまで向かった。まさに、今と同じ状況。
「そういや、小学生の時にも同じことあったよな」
「えっ?」
咲季は目を丸くし、稜秩を見上げる。
「俺ん家の前で咲季とばったり会って、一緒に買い物に行った時のこと。覚えてないか?」
「覚えてるよ! というか、今そのこと考えてたからびっくりした」
「俺ら同じこと考えてたんだな」
「うん。何か嬉しい」
少し恥ずかしさを感じながらも微笑み合う二人は、近所のスーパーマーケットへ向かった。
そこでそれぞれ必要なものを購入し、早々に帰ろうとする。
しかし。
「雨だ」
店の外では雨が忙しなく降り、飛沫で地面が白く見えた。
「夕立だな。ちょっと待ってたら晴れるだろ。それまで向こうで休むか」
「うん」
二人は出入り口近くにある休憩スペースに足を運んだ。咲季は窓際に設置されたベンチに座り、振り返って雨を眺める。雨足が弱まる気配はまだない。
「咲季、どれが食べたい?」
声に振り向くと、稜秩がアイスの自動販売機の前でこちらを見ていた。咲季も自動販売機の前に行き、食べたいものを選ぶ。
「うーんと……カスタードプリン!」
「はいよ」
そう伝えると稜秩は自動販売機にお金を入れて、カスタードプリン味のアイスのボタンを押した。
「ほい」
「ありがとう!」
アイスを受け取った咲季はベンチに戻り、稜秩が隣に座るのを待つ。
レモン味のアイスを手にベンチに腰掛けた稜秩と同じタイミングで包装を剥がし、食べ始める。口内がカスタードプリンの味一色となった。それを堪能しながら、また窓の外を見る。
「すごい雨だね」
「だな。これで全然止まなかったら走って帰るか」
「いいね、ずぶ濡れで帰るのも」
咲季がそう言った後、二人は同時に笑った。
「そういや、何年か前の夏祭りの時は途中で雨降ってきてずぶ濡れになったよな」
「あったねー。浴衣も台無しになったし。でも風邪引かなくてよかったよね」
「意外と平気だったな。今年は、そうならないといいな」
「うん」
稜秩の言葉に微笑んで頷き、アイスを口に運ぶ。
すると、携帯電話がメールの受信を知らせてきた。カバンから携帯電話を取り出す。母からだった。
《雨降ってるけど大丈夫? 濡れてない?》
《お店の中にいるから大丈夫だよ!》
即座に返信し、携帯電話をカバンにしまう。
そうして何口目かのアイスを食べていた時、向かいに設置された公衆電話が目に止まった。今日と同じ状況の日の、懐かしい記憶が蘇る。
稜秩と二人でここへやって来て、いざ買い物をしようとした時。咲季は買うものをメモした紙を取り出そうと、スカートのポケットに手を入れた。しかし、何もない。母から受け取ったそれは確かにポケットに入れたはずなのだが、どこを探してもない。
困った顔で稜秩に声をかける。
「お買い物のメモ、どっかに落としちゃった……」
「買うものは覚えているのか?」
「食パンしか覚えてない。一回おうち帰って聞いてくる」
「公衆電話があるからそれで家に電話すればいいんじゃないのか?」
「……家の番号も覚えてない……」
「大丈夫。俺、覚えてるから」
そう言う稜秩に手を引かれ、咲季は公衆電話を使って買うものを母に聞くことが出来た。
「あの時もいっちーに助けられたなぁ」
「……何の話だ?」
「二人でおつかいに来たけど、あたしがメモ用紙をなくした話」
「ああ、それか。咲季の家の電話番号を覚えてたのが役に立ったよな」
「うん。おかげで聞きに帰らなくてよかったよ」
「あの後、必死に家の電話番号覚えてたよな」
「そうそう! 何があってもいいようにって。懐かしいなぁ」
話しながら、残りのアイスを食べ切る。
すると、ガラスの向こう側が明るくなってきた。三度振り返る。薄暗い雲の間から太陽と青空が顔を出していた。
「あ、晴れてきた」
「ちょうどいいな。じゃあ、帰るか」
「うん!」
二人はアイスの棒や包装紙をゴミ箱に捨て、店の出入り口へ向かう。
ドアを潜って一歩外に出ると、雨上がりの匂いが拡がっていた。雨に濡れた地面や草木、車などは太陽の光で煌めいている。
それは咲季にとってとても綺麗に感じるもので、世界がより一層輝いて見えた。
(何か、いい日だなぁ)
咲季は穏やかな笑みを浮かべ、稜秩と並んで家路についた。