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第二章 【復帰】 1.

 初め、中央本部――中央統合師団の建物は、首府の中心、政治を行う議事堂の近くにあった。その後、人口が増え街が膨張した結果、広い敷地が取れる北側の外れに引っ越した。

 何もなかった周辺の空き地にも、今では商店や民家が進出していたが、本部の敷地に入り、通用門近くまで行くと鬱蒼とした木々しか見えなくなる。

 乗ってきた車からは、通用門を入ったところで降りた。

 運転をしてくれた軍曹には礼を言い、燃料補給だけでなく、詰所で休んでから南に戻るよう指示をした。

 門から大隊司令部のある建物へは、当番の兵士が、天井のない小型車で送ってくれる。

 目的地に着くと、玄関に生島が待っていた。

「ご無事で何よりです」

 明るく爽やかに言われたせいで、何故か却って心配を掛けたような気分になった。

「お前も、ご苦労だったな。いろいろ助かった」

 頷くようにオレに頭を下げた後、生島はオレの隣にいた綾部に向き直る。

「綾部中尉も、お疲れ様です」

「生島曹長、正確な情報を有難うございました」

 厳かに礼を言った綾部に、生島は「それは良かったです」と笑った。

「何の情報だ?」と生島に問うと、即座に「そりゃ当然、中隊長のですよ」と返された。

 被せるように綾部も口を開く。

「鴻上司令のところで生島曹長に会ったので、茅野中隊長が今どこにいるのかを聞きました」

「印波の行方を聞いて追いかけるより、茅野中隊長のところで待ってたほうが確実ですからね」

「そりゃそうだが……だから、あんな場所にいきなり現れたのか」

 オレが呟くと、すかさず「それは」と綾部が応えた。

「移動の途中で、滝軍曹が南方師団の本部に入れた軍用の無線を傍受しました」

 頭の中で何かが引っ掛かったが、とりあえず「成程」と頷いた。

 そんなオレに、生島が改まった様子で尋ねてきた。

「あの……茅野中隊長、上着はどうしたんですか?」

 オレは自分が白いシャツ一枚であることを思い出した。

「あぁ、印波にくれてやった」

 生島の険しい視線がオレの上半身、特に心臓の辺りに集中した。

「ご無事ですよね?」

「ご無事だよ」

 切り刻まれた訳でなく何となくやってしまったんだと、いちいち言って歩くのは面倒くさいなと思い、綾部に尋ねる。

「綾部、上の替えは持ってるか?」

 オレや生島と違って、コイツは中央本部こっちに荷物があるはずだ。

「ないことはないですが……」

 何かを考えているような顔をしながら、綾部は素早く枯草カーキ色の自分の上着を脱いで、軽く叩くとオレに差し出した。

「取りに行くのは時間が掛かりますし、司令部内でシャツ一枚じゃ目立ちますよ。取りあえずオレは、鴻上司令のところへ出頭させてもらえないんでしょう?」

 オレが印波の件に関して、これ以上コイツを関わらせたくないのを知っているのだろう。どこか嫌味を交えているのがいかにも綾部らしい。

 生島が笑いを噛み殺しているのが、視界の端に映る。

「分かった。有難く借りる」

「はい。鴻上司令によろしくお伝え下さい」

 参謀本部に戻る綾部とはそこで別れて、オレと生島は鴻上司令の部屋へ向かった。

 司令室までの長い廊下には絵やら花瓶やらが配置されていて、他の場所より殺風景度が低い。首府は懐かしかったが、この中はあんまり懐かしくないな、とか思っていると生島のにやけた口元が目に入った。

「いつまでも、笑ってんじゃない」

 オレが窘めると、相手は緩んだ表情のままで言った。

「結局、綾部中尉はいらっしゃいましたね」

「鴻上司令の差し金だ」

「無難な知られ方じゃないですか。どうせ、いつかはバレることですし……」

 生島はふっと意味ありげに言葉を切って、核心を突いてきた。

「結果としては、良かったんでしょう?」

「……まぁな」

 曖昧に頷いた。ある程度の報告は滝から受けているだろう。命拾いしたことは黙っておいた。

「結局、茅野中隊長が印波(アレ)と一騎打ちですか……。まぁ、九分九厘そういう展開になるとは思いましたが、片山じゃ駄目でしたか……」

 生島は嘆息した。予想はついていたくせに、作戦本部で大人しくしていなかったのを皮肉られているらしい。

 綾部にオレの場所を知らせたのも、印波を待ち受けさせるためでなく、オレの行動を引き留めるという目的もあったんだろう。

 振り返ると、オレの周囲には嫌味な奴が多くないか?――という疑問は、中央にいた頃からたまに浮かぶが、原因が自分にあっても嫌なので、今まで誰にも問えてない。

 そうこうしている内に、辿り着いた司令室のドアは、当たり前だが三ヶ月前と何も変わらず、重厚なまま同じ場所にあった。

 今歩いてきた廊下も含め、すっかり開き直ってというか、ほとんど居直って、地方部隊への転属の辞令を受け取りに来た日と記憶がぶれる。

 同じ日を何度も繰り返しているような奇妙な感覚を味わいながら、あの日と同じようにドアをノックした。


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