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第一章 【襲来】 3.

 この星には、先住民がいるのだそうだ。――なぜ伝聞かといえば、今から二〇〇年以上も前の話なので、その姿を見たという者で、生きている人間が誰もいないからである。

 オレたちがこの星に墜落し、地上で暮らせるようになってから一五〇年目の、建国の祭りの最中に、『先住民』が現れたという記録が残っている。

 首府で行われた、政府主催のパーティ会場に、忽然と現れ「この星は自分たちのものだから、これ以上星を荒らすな」と、宣言したという。

 真実であれば、この星に降りた全員にとって大問題であるところの、『この惑星に元からいた住民』の話が、現在では炉辺で聞くおとぎ話のようになってしまっているのは、この時の記載の曖昧さが原因だろう。

 現れた人数も曖昧なら、姿や言葉についても詳しい記載がない。これでは、存在そのものが疑わしくなるのは当たり前だ。

 だが、『先住民』が現れたとする記録の後、異変はあった。

 国の北側にある森と隣接した村で、開墾に必要な車や道具類が、一切森へ入れなくなったとの報告が入ってきたのだ。

『まるで、森と村の間に壁ができたように、跳ね返されてしまう』というこの村で起こった現象は、それからすぐに他の、やはり森に接した村で次々に認められた。

 以降、森へ入ることができるのは、僅かな荷物と人間だけになった。

 最も、人も歩いている内に迷ったり、いつの間にか森の入り口に戻ってしまうなどして、森の奥へは行きつけない。

 自然現象か、超自然現象かは分からないが、この状態は未だに続いている。

 突然、森への出入りが不可能になったことを、『先住民』の存在証明とするかどうかは別問題だが、タイミングが良すぎたのは、誰もが認めるところだ。だから、説明のつかない現象を誤魔化すための、当時の政府の作り話だったんだろうとする説もある。

 この年以降、首府でも各地方でも、先住民と出逢った者はなく、どんどんその姿は形骸化され、伝説となった。

 いつ頃からか人々は、森と村を隔てる見えない壁を『境界線』、いるかもしれない先住民を『隣人』と呼ぶようになった。

 

 三年前、石背郷にある、一つの村の住人全てが惨殺されるという事件が起こった。

 これを聞いた時、皆は心のどこかで幼い時に聞いた、『隣人』が引用された怪談話を思い出した。同時に、より現実的な発想として、大規模な山賊が隠れていたことを想像して眉をしかめた。

 ただ、今まで山賊が村を襲うことはあっても、住民を皆殺しにした例はない。大量の人間を殺める労力や手間は、それによって得られる利益と比べ、割に合わないからだろう。

 だから、話を聞いた時には、山賊側に何らかの理由があるのかと思っていたが事実は違っていた。

 村は、上からの命令によって預かっていた、たった一人の男によって滅ぼされたのだった。


 ――印波タケシは、代々に亘って軍の要職に就く家系にあって幼い頃から当然のように剣術を学んだ。

 剣筋の良さは確かで、十歳の時には非公式の試合で、士官学校の教官をも負かす程だった。にもかかわらず、印波は士官学校も軍に入ることも拒み、石背系の大商人の用心棒に納まった。

 そこで、蔵の財を狙う集団相手に血生臭い仕事をしていたが、既に盗賊や山賊の時代は終焉に差し掛かっており、切り刻む敵が減るにつれ印波はすぐに用心棒職に飽いた。

『その後、素直に軍に入られても、困った事態になったでしょうね』

 とは生島の言で、オレも周囲も大いに頷いた。

 職を辞した後も、印波は軍に入ることを良しとせず、巷間でならず者相手に斬り合いを続け、逮捕に来た軍の人間をも斬り殺して、投獄された(この時は、知人が麻酔薬を盛ったそうだ)。

 だが、才と家柄を惜しんだ石背の上層部によって、印波は石背の一村へ預かりとなった――村人全員を殺して逃げ出すまで。


 村一つの住人全てが、殺されたという話を聞いた時点では、出動準備の要請だけで、下には詳しい事情が降りてこなかった。

 だが、日を追うごとに、通り魔によるとされる、無差別殺人事件の報告が増えてきた。

 報告された現場が、惨殺事件のあった村から首府に向かっている線上であること、増えていく目撃者の証言などから、口を噤んでいられなくなった石背の上層部から、『移動する災禍』の名と、素性が告げられた。

 ついでにと言わんばかりに、「生きたまま捕縛せよ」との命令も出され、最初に出動したのは、中央大隊の中でも石背系の第七隊だった。

 胡散臭さは当然あったが、捕まえてもこちらで処断できるわけじゃない。オレを含め、他隊の人間は冷ややかに傍観を決め込んでいた。

 ところが、それからすぐに出撃した七隊所属の小隊長の首が、文字通り、『飛ばされた』という知らせが入ってきた。

『幸田少尉がか? あいつの隊は何やってたんだ?』

『戻って来てるのもいるんですが、まともに話を聞ける状態じゃないみたいですよ』

 ひどく怯えてて……と、不可解そうに生島が呟いた。

『それに、表立っては、「整備ミスによる、銃火器の暴発故の小隊壊滅」と発表されてますが、オレが調べた限り、あっち方面にゃそれらしいでかい音や地面の揺れなんて報告は、ありませんでした』

『……ってことは、連中、真面目に剣で勝負でもしたってのか?』

 鉛弾を使う鉄砲や拳銃は、兵士に配給されている。だが、それ以外に軍では、『刀剣』の携帯が義務付けられていた。

 母星では遥か昔に、実戦からスポーツや精神修養に目的が変わっていた武術だったが、この星では銃火器類の節約もあり、身心を鍛えるだけでなく戦う技術として、『剣術』が認められていた。士官学校、訓練校など、軍に入るための機関では必須科目に組み込まれている。

『まさか試合みたいに、一人ひとり、相手に挑んでいった……んなわけ絶対ないよな』

 生島は少し考えてから、『それこそ、まさかでしょう』と否定した。

『じゃ、何か? 不意を打たれたとしても、武装した小隊約四十人がたった一人にやられたってのか?』

 オレの質問に、それまで黙っていた綾部が答えた。

『できなくはないでしょう。難しいとは思いますが、自分にも可能だと思いますし、その気になれば、鴻上大隊長や茅……』

『いや、オレはできないからな!』

 とりあえずぴしゃりと否定してから、成程、できる人間もいたなという可能性に思い当った。『できる』と、明言した綾部はただ単に剣の腕がいいというのではない。反射神経がいいのだ。異常に。

 一般的には、『先祖返り』と呼ばれる、移民艦隊時に行った遺伝子操作の名残だ。とりたてて、血筋を守っているわけでもない周芳の系統でも、〇・五%未満の確率で出現する。

 では、血筋を後生大事に守ろうとしている、石背ではどうなっているのだろうか? 公式の発表では、周芳とほとんど変わらないとしているが。

 墜落の際、各船のデータバンクも無傷とはいかなかった。欠損した幾つかのデータの中には、『DNA』に関する項目があった。今では、遺伝子を操作できる設備やら技術はない――はずだが、いまだに氏族以外との婚姻を認めていない石背の血筋への執着を思うと、背中が薄ら寒くなる。

 事実関係は周芳の上層部が調べているだろうし、今のところ軍でも政界においてもお互いの勢力図に変化はないので、自分ごときが考えることじゃない。ただ、この時想像できたのは……

『印波って野郎は、先祖返りってことか』

 生島は酢を飲んだような顔になり、綾部は黙ったまま頷いた。だったら、常識は通用しない。面倒だな――そう思ったのがいけなかったのか、オレの部隊に出動命令が出たのは、その次の日だった。


 命令が出たのは、オレの中隊だけでなく、石背系の第三隊からも中隊が一つ出されることになった。

『そんな中途半端なこと、止めましょうよ』と、提言するオレに、鴻上大隊長は真剣な目をして、『これ以上に被害を増やしたいか?』と訊いてきた。

『どういうことですか?』

『オレが上にネジ込まなきゃ、石背勢だけで出て、壊滅を繰り返すだけだ』

『一個中隊が?』

 中隊は十の小隊から成っている。バカな――と言おうとして、相手が山賊でなくたった一人という事実を思い出す。

『数が問題じゃないんですね?』

 鴻上大隊長は頷いた。

『問題は、取り組む姿勢だ。石背の連中は上から相当しつこく因果を含められている』

『印波を生かして捕えろという指示は、オレたちも聞いていますが』

『加えて、なるべく傷をつけるなということらしい』

 無茶を言う。そんな生易しい逃亡犯じゃないだろう、印波コレは。

『無論、オレもお前に、「生かして捕えろ」とは言っておくぞ』

 心の声が聞こえていた訳はないが、念を押すように鴻上大隊長は言った。つまりは、「命があればいい」ということだろうと、オレは解釈した。

 だが、そんな周芳こちらの姿勢は、石背あちらに読まれていたらしい。

 命令の出た次の日、第三隊の一條中隊長が、わざわざ第四隊の本部まで、オレを訪ねて来た。

『この度の作戦では、私達の部隊が先に出動しますので、こちらの中隊は、後詰めに回っていただけませんか?』

 石背系氏族とは思えない、腰の低い態度だった。

『お互いの隊は同格扱いとのことで、協力して当たるようにとの命令を受けましたが?』

『大丈夫です。どこからも文句は出ません』

 曖昧に笑う、その表情が気に入らず、言わずもがなのことをオレは口に出した。

『むしろ……ウチの隊が、犯人を手荒に扱った時のほうが問題ですか?』

『察していただけるのは、有り難いですね』

 慌てるでも怒るでもなく、何かを諦めた風情を漂わせる相手に嫌気がさし、どうぞご自由に――とオレは言ってしまった。これが後々の後悔の種となった。


 部隊に多大な犠牲を出しつつも、一條中隊長は、あともう少しというところまで印波を追い詰めた。だが、自らの手で逮捕するために印波の前まで出て、そこで斬られた。

 オレは、混乱している一條中隊の生き残りを掻き集めて早々に撤退すると、後は石背が何と言ってこようと全ての指揮を自分で執った。

 鴻上大隊長の話を聞いていたのに――! 一條中隊長の立場から目を逸らし、命令を投げた自分自身に対する怒りと自己嫌悪が原動力になった。

 とにかく兵士には、印波と『戦うな』と言い聞かせた。

 偵察も四人以上で当たり、オレか綾部が現場に着くまで、たとえ銃であっても、こちらから攻撃をするなとの命令を徹底させた。近ければ気配を察せられて斬られ、遠くからでは外れる確率が非常識に高く、外れれば間違いなく斬りに来たからだ。

 その甲斐あって、奴の顔から胸を血で赤く染め、『絶対に忘れない』との怨嗟の声を、オレは自分自身で受けることができたが、もれなく石背からの恨みも付いてきた。

 第三隊の兵の補充を断ったこと。印波に傷を付けたこと。第三隊の損害と比べて、第四隊の損害があまりに少なかったこと等も、気に入らなかった原因の一つだろうが、元々石背の連中にとって、オレが何かと目障りな存在であったことが一番大きな原因だ。

 とはいえ、印波の一件は完全な逆恨みだったので、この時はあくまでも事実関係だけを評価され、オレは手柄を一つ上げた形になったが――その約三年後(つい三ヶ月前だが)のオレの失脚に、この件が関わっていたのは間違いなかった。めんどくさい話である。


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