表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

第一章 【襲来】 2.

 軍部の上は、というより、この国の上層部は、二つに分かれている。


 印波はその一つ、『石背いわせ』の人間で、中でも有力な家系の出身だった。

 殺した人間の数や、状況で言えば、生死を問わない逮捕が前提の、重犯罪者に対し、あくまで、『生きたまま』捕縛せよという、命令が出ていたのは、そのためだ。

 ちなみに、鴻上司令やオレは、もう一つの陣営、『周芳すおう』の人間である。この区分けには、約五〇〇年前の、この惑星への難破状況が絡んでいる。


 この星に辿り着くことができたのは三隻。うち一隻には、出身地が混在した人間が乗船していたが、後の二隻には、『石背』という地域の出身者と、『周芳』という地域の出身者が、固まって乗船していた。

 だからといって、国を二つに分けることは、物資面や、これから未知の大地に立つという精神面から考えても、現実的なことではない。そこで、まず最初に降り立った場所を『首府』とし、国の中心としての機能を置く一方、『石背』と『周芳』はそれぞれ、東と西の地に、故郷の地と同じ名前を付け、『郷』とした。


 また他の人間も、それぞれ開墾した地に、思いを込めた名を付け、その場所をこの星での故郷と定めた。

 表向き、「出身地で処遇が変わるようなことはない」と、最初に取り決めをしたものの、必然的に、国の主導権は、人数の多い二つの出身地の人間が握ることとなった。

 その中心にいるのが『氏族』――、移民艦隊の一員として、宇宙を渡るため、強化されたDNAを持つ人間だ。


 記憶力、演算能力が高い者や、運動神経が発達している者が多いため、国の上層部に多い。

 もともと血筋や階級に関する、考えの違いがあったが、この改造されたDNAに関して、『石背』と『周芳』は、真っ向から意見が食い違った。

『石背』は、改造されたDNAを護ろうとし、『周芳』は、自然の流れに戻そうとした。

 国が落ち着くにつれ、お互いに対する競争意識も高まっていく。

 仕舞いには、大昔の母星で起こった、良くない因縁までもが、引っ張り出されてきた。

 この辺りで、はっきりと、両者の対立の図式は固まってしまったらしい。

 何万光年旅しても、人間と言うのは、しょうもない生き物である。



 司令室に通じるドアを叩いて、「茅野シン大尉です。入ります」と断って中へ入ると、柚木司令の副官、三沢少尉が席から立ち上がった。

 オレを見る、眼鏡越しの視線の険しさから、事情が少尉にまで伝わっていると知った。

「ご苦労様です、茅野中隊長。柚木司令がお待ちです」

 丁寧な口調のどこかにトゲを感じるのは、自意識過剰のせいばかりではないだろう。

 両陣営の『郷』を守る、東西の師団には、それなりに緊張感もあるが、南北の師団、特に気候温暖なここ南方師団は、中央からは『保養地』とも揶揄される、国で一番温ぬるい部署だ。

 そんな場所に、危険極まりない脱獄囚を呼び寄せたのだから、どう思われても仕方ない話である。

 三沢少尉はオレに背を向け、奥に続くドアを叩く。

「柚木司令、茅野中隊長が見えられました」

 待つ程なく、中から入室の許可が下りた。

「どうぞ」と、少尉の開けたドアから中に入り、正面に向かって敬礼する。背後でドアが閉まる音がした。

 窓際に佇む、柚木司令は、当年とって五十七歳。

 巷の平均寿命が、最近になって、七十近くなったという話は聞いたが、軍人としては長老の域に入る。昔は中央の大隊を率いていたそうだ。

 主流ではないが、周芳側の人間で、だからこそ、オレの引き取り先になったに違いない。

「こんな田舎に来てまで、君も大変だねぇ、茅野中隊長」

 のほほんと言われて、司令の、開いているのか、閉じているのか分からない目を見た。灰色の髭に覆われた口元は、どうやら笑っている。オレが黙っていると、司令はあっさり言った。

「僕は、ここで静観させてもらうよ」

 オレは頷いた。

「はい。どこか、見通しの良い空き地をお借りします」

「印波が捕まるまで演習も中止だ。どこでも好きな場所を使えばいい。どうせ二、三日のことだろう?」

 オレは頷いた。並みの逃亡犯なら、どこかへ一時的に身を潜める、という選択肢もあろうが、相手は狂人だ。間違いなく、一直線にオレへ向かってくるだろう。

 せめて、オレにたどり着くまで、民間人相手に、刀の試し切りなどしてないことを祈るしかない。

「そうそう」と、司令が思い出したように続けた。

「さっき参謀本部から、中央にいた頃の、つまり、印波捕縛時にいた、君の中隊の人間を何人か、こっちに寄越すとの連絡が入ったよ」

 思わず「え?」と声が出た。願ってもないが、随分と掟破りな話だ。

周芳ウチとしては、君がここで返り討ちに遭っても困るし、長引いて、石背アチラが口を出して来るのも避けたい。その辺を、鴻上君がうまく突いて、上から手を回させたんだろうね」

 成程。確かに、現状のままならば、『返り討ち』コースが濃厚過ぎる。

「武器はこの基地にもあるけれど、兵隊は使えないだろうとの判断だね」

 ついさっき、自分も思っていた懸念をずばり言われて、一瞬うっと、言葉に詰まった。

「そんなことは……」

「変な気を回さなくてもよろしい。ここに元々いる兵士は、切った張ったの経験が少なすぎるし、僕は『ご隠居さん』だからね」

 この基地内外で通っている、ご自分のあだ名をさらっと出したが、柚木司令の若い頃は、まだ地方も落ち着かず、国が今よりもざわついていたと聞く。中央にいる時は、相当に活動的な日々を過ごしていたことは、想像に難くない。

「ご迷惑をお掛けします」

 オレが頭を下げると、司令は両肘を机に突き、合わせた拳の上に顎を乗せて、ぽつっと言った。

「意外と早かったね。でも、まぁ、ちょっとは休めたか」

 話が見えなくて、戸惑っているオレに、司令は面白そうに訊く。

「まさか、ずっと此処にいられるなんて、思ってないだろうね、君?」

 一生、ずうーっと、此処で……とまでは、さすがに思っていなかった。とはいえ潜在意識では、ほとんどそのつもりになっていたらしい自分の背中に、どっと汗が出てくる。

「それは、小官の一存では、どうにも……」

 つまらない口上には、興味がないらしい。柚木司令は、再び、背後にある窓に視線を向けた。もう出て行っていい、という風に右手が振られる。

 敬礼して背を向け、ドアノブに手を掛けた時、言葉が届いた。

「君は、鴻上君からの、預かりもんだと思っているからね。印波を捕まえたら、中央に帰んなさいよ」

 思わず振り返ったが、司令は窓の外を見たままだったので、もう一度敬礼して司令室を退去した。

 第六中隊のある別棟まで歩く間、オレの頭の中では、柚木司令の言葉が、ぐるぐる回っていた。

 南部への異動に、鴻上さんの息が掛かっていたのは、予想の範囲内だ。だが、結局のところ現在のオレの立場は、此処へ配属されるまでにあった、数週間の謹慎期間と、同じようなものなのだろうか?

 あるいは単純に、オレがいると色々面倒だから、さっさと余所へ行って欲しい、という意味なのかも知れないが。

 まぁ、どちらにせよ、此処に長居はできないらしい。悲しいとか嬉しいとかいう気持ちはないが、妙に気が抜けてくる。中央を出て来る時の、一種の悟りのような境地は何だったのか……と、思ったところで部屋に辿り着いた。


 ドアを開けると、まず甲高い電話の音に迎えられた。

 鳴りっぱなしの電話を、生島の他、二名の下士官と三名の兵士が、それ程広くない執務室の中を駈け回りながら、代わる代わる取っている。壁際にある文書用の電信機からは、次々に紙が吐き出されているのが見える。

「はい! 近隣への対応は、司令のところで」

「詳しい情報が入り次第、各隊へは……」

 悠長なことを考えていたオレと正反対に、中隊の執務室は、既に戦場になっていた。

「……そうだよ、あの印波だよ。じゃなきゃ、わざわざお前に辞令は出ないだろうよ」

 受話器片手の生島の声が潜められる。相手は、おそらく前の隊の人間だろう。

「……あぁ、それでいい。後でな」と、言いながら受話器を置いた生島は、向き直ってオレに報告する。

「茅野中隊長、片山曹長が自分の隊をまとめて、夕方までにこちらに来るそうです」

「片山か。あいつの所は今、誰が残ってる?」

「滝軍曹と須賀軍曹が、そのまま残ってます。それと、下の連中も結構、回されてたんじゃないかと」

 片山は三ヶ月前までオレの隊で、小隊長を勤めていた。

 本来ならば尉官の役職だが、前任者が殉職した時、その下にいた片山を特務少尉に引き上げて隊を任せ、人材不足から、そのままなし崩しにしてしまった人事だった。この処理も、序列を重んじる石背に、オレが嫌われた理由の一つだろう。

 オレが失脚した際は、士官学校を出ておらず、訓練校からの叩き上げだったのが却って幸いして、中央から外されただけで、降格とか僻地への左遷とかには、ならなかったはずだ。

 片山本人は、保守的でくどく、オレと性格的に合わないところはあったが、腕が立つ奴で、意外と下を纏めるのが上手かった。同じ隊にいた滝と須賀も、使える人材だ。

 オレは、ほっと胸を撫で下ろした。

「鴻上司令に感謝だな。これで、受け身じゃない作戦が立てられる」

「やはり、鴻上司令のご指示でしたか」

「あぁ、それと、柚木司令からは、基地内の武器弾薬、及び演習場の使用許可をいただいた」

「少し気分が浮上しました」

「そりゃ、良かった」

 冗談めかして言ったが、少しでも士気が上がるなら、それに越したことはない。

「参謀本部の指令と聞いて、もしかしたら綾部中尉が、何か手を回したのかとも思ったんですけどね」

 何気なく生島の出した名前に、オレははっとして記憶を探る。

「アイツは多分、今頃は里帰りしてるはずだな……」


 綾部は士官学校の一年下で、家同士の付き合いもあったので、子供の頃からの知り合いだが、昔から何故かオレを慕う。

 以前はオレの中隊にいたのだが、身体的能力が高く、頭も切れ、ついでに家柄も良いので、自分の下では勿体ないと上に進言して、現在は参謀本部付になっていた。

 だが理不尽なことに、この移動で本人に相当恨まれた上に、今度のオレの左遷である。

『自分がいれば、絶対こんな人事にさせませんでした!』

 わざわざ謹慎中のオレに、面倒な手続きを踏んで、電話を掛けてきたと思ったら、開口一番の台詞がこれだった。

 有り難いというか、頭の痛い後輩である。この時の電話で、簡単にあちらの近況を聞いた時に、実家に用事ができたので折を見て故郷に帰る、という話が出ていた。


 これが三ヶ月前の会話なので、もう首府に戻っている可能性もあるが。

「印波の捕縛時には、綾部中尉もいましたから。脱走したことを知っていたら、自分で来そうですよね」

 笑いながら言う生島に、その通りだと心の中で深く頷く。

 また恨まれそうな気がしたが、石背の要注意人物の捕物に、綾部が間に合わない状況を、頭のどこかで安堵する。

 生島にこの近辺の地図の用意を頼んで、此処と同じように、電話の音が鳴り響いている中隊長室に入った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ