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いつかそれすらも神話になる日  作者: 干支ピリカ


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第三章 【故郷】 5.

 聴覚はすぐに反響を伴って戻ってきた。耳から頭がわんわんいっている。振動から推測して、爆発はそれ程の規模ではないだろう。

 瓦礫が一通り落ちるのを待って、手で鼻と口を塞ぎながら立ち上がった。

 白煙と粉塵の中、廊下側のラックの真ん中辺りに穴が開き、周囲にある機材が無残に焼け焦げているのが見えた。その後ろの壁にも、人一人通れるくらいの穴が空いている。

「これは……お前が仕掛けたものか?」

 振り返ると、滝はまだ呆然とした顔をしていた。だがすぐに、はっとした表情で立ち上がり、窓際に配置された機材に取り付いた。

「コマンドを解除します!」

 機材を怒鳴りつけるように叫び、バキバキと手荒に外装を外すと、滝は胸のポケットから鈍い銀色をした鍵のようなものを取り出し、中に差し込んだ。

「爆破命令は二重になっています。一つは、午前に綾部大尉に発見されたライン。もう一つは、ここにあるコンピュータで止められるはずなんですが……」

 細長い変電機コンデッサのような黒い機体の正面に並んでいる小さな五つのランプが、ぱっと全て光ったかと思うと次々に光を失っていった。

「止められたのか?」

「分かりません。一応、解除命令は入ったようですが、さっきの爆発で何本かいかれて……」

 言葉の途中で建物がグラッと微かに揺れた。この辺りに地震がないこともないが、これはおそらく人為的な揺れだ。

 滝はくやしそうに、目の前のラックを両手で叩いた。

「コマンドは生きているとして、今のは何処であとどれくらい残ってるんだ?」

「今の爆発はおそらく、西側にある外周部のアーチです」

 部屋の外から、ざわざわとした物音が響いた。軽快な足音があっという間に近づいて来たかと思うと、爆発で歪んだドアの向こうから綾部の声が聞こえた。

「茅野少佐っ! ご無事ですか?」

 ガチャガチャとノブと格闘する音がしたが、すぐにドアそのものが千切られ外側に剥がされた。

 鬼のような形相で飛び込んできた綾部に「無事だ」と告げて、目を丸くして綾部を見上げている滝を促す。

「滝! 残りは?」

「あ……厨房の冷蔵庫下の貯蔵庫、東の駐車場左端の故障した乗用車、南側テラスの飾り柱の上の植木鉢です!」

「聞こえたな? 綾部」

「はい!」

 綾部はインカムで外回りの隊員に連絡を入れ、現場に急行させる。

「綾部、お前は現場で指揮を執れ」

 何か言いかけた口を閉じ、綾部は返礼して踵を返した。

 その間に、他の隊員も部屋に入って来た。

「うわ! ひでえ!」

「もったいねぇ。一式ダメだな、こりゃ」

 口々に慨嘆する隊員の中に、樋口の姿を見つけて右手で肩を引く。

「なん……か、茅野隊長! ご無事で!」

「急いで滝と一緒にこの部屋を片付けて、通信機能だけでも復元しとけ。必要な物は生島に連絡して最優先で送らせろ」

「分かりました!」

 振り返ると、強張った表情をした滝の目が訴えるようにオレを見ていた。

「隊長、オレは……」

 滝の言葉を遮ってオレは口を開く。

「話はまた後で聞く。いいか、全部きちんと聞くからそれまでは余計なことを言わず、この部隊の一員としてのお前の任務を続行しろ」

 鴻上司令の『ふざけてんじゃない!』との怒声が、頭の片隅で響く。

 何の保証がある訳じゃない。強いて言えばオレがまだ生きていることと、『敵』が滝を消そうとしたということ。この二つで、オレはまだ滝を部下として使えると算段していた。

「お前じゃなければ分からないことも多い。頼んだぞ」

 オレは言い捨てて、滝から背を向ける。

 とにかく人手が足りない。さっきからオレのインカムのコール音は、控えめに鳴りっぱなしだ。スパイ拘束に人を割くより、有能な部下を一人でも職場に復帰させたかったからだと弁明したら、鴻上司令に木刀で殴り殺されそうだが。

 とりあえず、視察団を何とかしないと――ごった返す部屋を抜け、廊下で片山に連絡を入れる。

 ほとんど叫びのような応答に「五分で行く。何とか保たせろ!」と返す。広間に向かおうとしたオレの足を滝の声が止めた。

「待って下さい」

 滝は近付いてきて、声をぎりぎりまで潜めた。

「……気を付けて下さい茅野隊長。オレの正体がバレた以上、もう『彼ら』は遠慮して来ないでしょう。この爆破の狙いはオレよりも貴方です。『彼ら』の狙いの一つは貴方自身なんです!」

「『彼ら』ってのは、石背でいいのか?」

 滝は眉を寄せた。

「含まれるって考えて下さい。オレも全部は知らないんです。でも『彼ら』はおそらく、貴方も知らない理由で貴方を狙ってます」

 滝の目は真剣で、嘘や与太話を言っている感じはない。

 とりあえず「分かった」と言って走り出した。だが、もちろん何も分かってない。

『隣人』を排斥しようという集団に金を出す連中が、オレを疎んじる理由?

 石背だけでないのなら、周芳ウチの人間もいるんだろう。しかし、身内に狙われる理由は浮かんでこない。

 個人的な恨みなら心当たりがないこともない。でも、一族の方針を歪ませてまでのものはない。はずだ。

 アプローチが別で、『隣人』と『オレ』の組み合わせが問題だとしたら、接点は親父だ。だが、親父が何かを残してそれをオレが持っているとか、聞いているとかいうのはない。そんなものは六年前に、石背にも周芳にも調べ尽くされた。それぞれの担当官が、証人に他ならない。

 広間に入る手前の角で速度を緩め、息と服を整える。

 近づくと、外からでも中が紛糾しているのが分かる。

 嫌だなぁ――と思うと自然に顔が笑う。ある意味、便利な病気だ。

 笑顔のまま、なるべく大きな音が出るように扉を開けた。

 視線が一気にオレに集まり、そのどれとも目を合わせないようにして部屋に入る。一人に発言を許すと、収拾がつかなくなる。

「先程の振動について、ご説明申し上げます!」

 先手を打って、声を張り上げた。

「先刻、敷地内に爆発物が見つかりました――が、既に処理したためここにいる皆様には危険が及ぶことは、一切ありません」

 反射的に上がる声を抑えつけるために、畳み掛ける。

「また、この先あと二、三度はかすかな振動を感じることがあるかもしれません。ですがそれもまた、爆発物を処理しているためですのでご心配はありません。尚、爆破の規模は元々、極めて小さいもので、放置しておいたとしても、建物が倒壊する危険などは、一切ございませんのでご安心下さい。また、小規模なものであったために却って発見が遅れ、皆様を驚かせてしまったことを深くお詫び致します」

 オレは深々と頭を下げた。必要なら三枚舌だろうが土下座だろうが、何だって使う。

 視察の連中は出鼻を挫かれた様子でぶつぶつ言っていたが、やがて中の一人が片手を胸に上げてオレの目を引いた。

「では少佐。明日の会合は予定通り行うのかね?」

 見覚えがある。中央勤務の周芳系議員だ。

「当然です。問題はありません」

 何が問題になるかは分かりません――とも言えず、オレは笑顔を振りまいた。

 今度は挙手せず年配の男が口を開く。見覚えはないから石背の地方議員だろう。

「本当かね? もし何かあったら、責任は誰が取るのかね?」

 また『責任』か。此処へ来る前の会議を思い出す。今日の警備、いや明日の警備の責任は果てさてどこになったやら……。

「ご心配はごもっともです。ですが先程の小さな仕掛けによって、建物の強度実験、並びに事故に対するリアルな予行演習ができました。これを不幸中の幸いとし、明日の警備はより万全なものとすることができると自負しております」

 我ながら、よくこれだけ誠意のない台詞がすらすら口から出るものだと思う。納得したのかうんざりしたのか、政府の面々は思ったほど食い下がっては来なかった。

 実際、此処にいる連中の大多数は明日は来ないのだ。大方何が起こっても、責任者を追及するだけで済むと思ったのだろう。

 当日の警備に関する細々とした質問に答えている内に、綾部からインカムに連絡が入る。

『東側駐車場の爆弾が、未使用のまま発見され処理が終わりました』

 了解した――と返し、いつの間にか背後に立っていた片山に、視察団の人間を速やかに帰路に就かせるよう指示した。

 一団を見送ってホールのドアを閉める。これで一つ肩の荷が下りた等と考えた罰か、また建物が揺れた。方向から言って厨房だろう。

 幸い視察団はもう外だった。ほとんど音が聞こえなかったので、上手くすれば気付かれなかったかも知れない。

 早足で厨房へ向かいながら、さっきの滝の言葉を頭の中で反芻する。

 滝は『オレの知らない理由』だと言った。となると、考えても意味ないのかも知れないがやはり気になる。

 一番オーソドックスに「オレを殺して得をするのは誰か?」を考えた。が、意外と浮かばない。

 常に敵だと考えている石背は、オレが死ねばそりゃ嬉しいかもしれない。でも、別に『得』はしない。唯一の財産と呼べるこの土地だって周芳の扱いになるだけだ。

 建物内の廊下から厨房へ向かったが、途中で白煙に巻かれる。喧騒はもう少し遠くから聞こえる。

 視界の悪いまま進むより、ひとまず表に出て外側から向かったほうがいいかと、引き返そうとした。その瞬間、後頭部に固い感触が当たった。

「ご同行を願います、茅野少佐」

 硬質な声と一緒に、撃鉄を起こす音が耳に響く。

 周囲はぼやけているし、気配はひどくあいまいだ。だが、頭に当たった感触には間違いなく質感があった。

(煙を見た時点で、引き返すべきだったな……)

 狙われていると忠告を受けてコレじゃあ滝に申し訳ないし、バレたら綾部に何を言われるか――……ゆっくりと両手を上げながら、そっと後ろを窺う。すると、視界の端の少し離れた場所に人影らしきものが見えた。

 こっちに気づいてくれないかと儚い願いをかける。だが、誰かを確かめようと目を細め、煙の間にふっと浮かぶ顔を見て愕然とした。

 あまりのことに思考が真っ白になったオレは、頭に当たっている銃口も忘れて振り返ってしまった。

「と……」

 足を踏み出した所で、側頭部に強い衝撃を感じすーっと意識が遠のく。

「父さん……」

 無意識に口から出た呟きは、闇に溶けた。


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