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いつかそれすらも神話になる日  作者: 干支ピリカ


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第三章 【故郷】 2.

 何台ものトラックやバスが、連なって進む光景は人目に立つ。そこで現地に入る際は、人も物資も小分けにされて運ばれた。

 オレは生活用資材を積んだ小型トラックの助手席で、現地から送られてきた昨日までの報告書を読み直した。

 予定では明日、隊の何人かと一緒にマイクロバスで現地入りするはずだった。

だが、二時間前まで行われていた上との会議の逃げ口上として『現地入り』を使ったため、早めに出ざるを得なくなった。

 今までは、お偉いさん会議なんて、参考人としてしか出席したためしはなかったが、大隊隊長にもなると席が用意されてしまう。しかも末席なのに、自分の弁護を自分でしなきゃならなくなる。

 生島の作った正確な情報拡散分布図のおかげで、理論武装は完璧だった。ところが、何を説明しても、『情報漏えいの責任は誰が取る』の一点張りで、話し合いも何もあったもんじゃない。

 自分の倍のキャリアを持つ老年の提督連中に向かって、『なにか問題が起こってから考えます』等と、言い返すわけにも行かない。またいつお鉢が回ってくるか分からないので、眠るわけにも行かない。

 指で手の甲をつねり足を組み替え、ひたすら半眼で耐えていたが、三時間半で限界が来た。さも決まっていたことのように、「出発の時間がありますので」と言って頭を下げて退出し、オレは足早に隊本部に戻った。

 勢いよく扉を開けて、「何でもいいから車を出してくれ!」と叫んだオレに対し、生島は近くにいた綾部と目を合わせ、諦めたように息を吐き、自分が乗る予定だった車のキーを明け渡した。

「会議は、どうでした?」

 オレが書類から顔を上げて、目を閉じたのを見計らったように、運転席の綾部から声が掛けられた。

「最悪だった……が、そんなこと聞いてる訳じゃないよな」

 目を開けて、綾部と同じように正面の道を見た。

「気持ち悪いくらいに、石背のジジイどもからの追及がなかった」

 オレを吊るしあげる機会だというのに、石背系の出席者は一様に口が重かった。ネチネチしてきたのは主に周芳みうちだが、新任の現場責任者に対してこれはごく普通の態度だ。

「……茅野少佐を苛めている場合じゃないという、分別でもついたんですかね」

 連中の間にそんなもんが存在していたのなら、もう少し前に出して欲しかった。

 上席に涌井元帥の姿はなかったが、第二大隊の礒部大佐は出席していた。

一言も話さず、微動だにしなかった大佐は、顔色が妙に悪かったこともあって、粘土でこねた像のような印象だった。 

 参謀本部の調書では、礒部大佐の動向におかしなところはなかった。ほとんど毎週、涌井元帥の邸宅に訪問しているが、これは昔からのことらしい。

「どちらかというと、今ここで問題を大きくして、会見が中止とか延期になるのを嫌がってる感じだったな」

「熱烈ですね。いつの間に、一族ぐるみで隣人外交推進派となられたんでしょうね?」

「会見が実現することによって、何らかの利益があるのかもな」

「外交による利益ですかね。とんだ狸の皮算用ですが」

「オレたちからすれば、何が出てくるか分からないところも狸だ。綾部、石背の大狸どもが、そんなあやふやなモンを当てにすると思うか?」

 車の中に少しの沈黙が落ちて、やがて綾部のぼそっとした声が聞こえた。

「……早めに現地に入るのは、正解かも知れませんね」

 オレは手にした書類を丸めながら「どうだかな」と嘯いた。


「隊長!」

 現地で、というか、工事現場でオレを出迎えたのは滝だった。

 中途半端に大掛かりな建築工事のおかげで景観が遮られ、オレはとりあえず郷愁に浸らずにすんだ。

 指定されていた座標を忠実に守ったのか、広大な空き地の中央に、高さも広さもどこか小学校の校舎を思わせる、長方形の建物が鎮座している。

 周囲には建築資材が置かれていたが、ほとんどが散らばるという感じで、積まれているものはなくなってきている。

「よう、元気か」

「ハハ……なんとかですね。綾部大尉も、お久しぶりです」

「お疲れ様です、滝軍曹」

 滝は生島と同期だったが、生島の場合は専科へ行ったり、オレの付き合いで昇進が早くなっている。何の後ろ盾もないにしては、滝の昇進も充分早い。

 オレは目の前に立つ、白い建物を見上げた。

「急ごしらえにしては、立派なもんだな」

「そりゃもう。政府差し向けの役人が、『こちらの権威を見せる』とか何とかで」

 うるさいうるさいと、滝は珍しくこめかみを引きつらせながらも、明るく言い放った。

「そういう権威なんてもんが、通じる相手には思えないけどな」

「全くですよ!」

 滝が力強く頷く。

「ご覧の通り、外観はほとんど完成してます。中は、会見に使われる部屋と、その横のテラス以外はハリボテです。オレたちの宿舎なんて、布が貼ってあるだけテントのほうがマシな感じです」

「極端に言えば、数日保てばいい建物だからな」

「はい。その件で幾つか報告があります」

「お前らの詰所――本部は、中か?」

「はい、あの二階と言いますか、屋根裏にちょうどいい空きがあったんで」

 目を凝らすと、通常の二階分ありそうな扉や、大きな窓の上にもう一つ小さな明り取りのような窓が見えた。

「いい場所だな」

「お役人様と片山小隊長は、気に入らなかったみたいですが……」

「片山は権威に弱いからな。『屋根裏』っていう、こそことした響きが気に入らないんだろう」

「そういえばそうっすね」

 滝は先頭に立って歩き出した。

 案内された警備本部に入ると片山がいた。昔と変わらず、背中に定規でも入れているような堂々たる姿だった。

「あれ? 茅野大隊長、早かったですね。明日の夜になると思っていました」

「ちょっと予定が狂ってな」

「他の連中はどうしました?」

「後だ」

 片山はオレの後ろをちらりと見て、これ見よがしに口を尖らせた。

「また、お供は綾部大尉だけですか? 大隊長ともあろう人が、無用心ですよ」

 そういえばコイツは移動の時、最低三人で行動していたような記憶がある。仲がいいな、とか何とか思っていたが、単に警戒していただけか――しかし何から?

「わざわざ、オレと綾部がいるところに来るような、物好きな客はいないと思うがな」

 そんな阿呆は、印波くらいのものだ。その印波だって、確実にオレを殺るつもりであれば綾部のいない時を狙うだろう。

 だが、片山は胸を張って言い返してきた。

「威厳の問題です!」

 そんなもんは要らん!――オレの心の叫びを聞きとったのか、片山とオレと両方の後ろから声が掛かった。

「片山曹長、当日の警護について最終決定事項を持って来たので詰めさせて下さい」

 と綾部がよく通る声で言うと、片山旗下の樋口が遠慮がちに上司に声を掛ける。

「片山小隊長、政府の相田補佐官代理が、監視カメラの位置について聞きたいことがあるとのことです」

 またか、と毒づく片山にオレは『行け』と顎をしゃくった。

「ついでだから、綾部も連れて行け。当日はお前らが要だ」

「分かりました。綾部大尉、こちらです」

 昔から、片山は綾部に他意がある。それが階級とか歳(片山はオレより年上だ)とかでなく、あまりにも健全過ぎる、剣の腕に関したものなので放ってある。

氏族の、しかも綾部に剣で負けんとする姿勢は、ある意味称賛に値するし、二人の会話は、噛み合わなさが笑いを誘う領域なので、聞けないのが残念なくらいだ。閉じられたドアから目を離し、再び本部内を見回した。

「片山が出て行くと、部屋が妙にすっきりするな」

 思ったことを正直に口にすると、部屋のあっちこっちから、吹き出した笑いが漏れた。

「か、片山曹長、身長一八〇あるんで……」

 滝は声と肩を震わせていた。

「そんなもんか? 九〇くらいあると思ってたな」

「あれは、肩幅がでかいんですよ、多分」

 ヘッドセットを掛け直しながら、樋口が達観した口調で頷いた。

 オレは納得しながら、中央にある楕円のテーブルに着く。

「んじゃ、滝。近況報告を頼む」

 残った笑いを噛み殺して、滝は「はい」と返す。

「昨日の定時報告以降、こちらで行われた妨害工作らしきものは、それ程ありません」

「『それ程』の内訳を言え」

「怪電話三件。内容は『会議を中止せよ』。これだけでしたので、逆探知は不可能でした」

「どこの回線だ?」

「政府経由のものです。一回目は、昨日こちらへ回線を開くと同時に鳴ったので、行儀の悪い双方向確認電話かと思いました」

 本気とも冗談ともつかない口調だった。

「三件とも、そっちか?」

「はい。その後もう一回線政府が増やしましたが、そちらへはまだないようです」

「他は?」

「こちらへ運ばれた物資――首府からの物ですが、その中から発火物が見つかりました。市販の花火を、一〇も集めた程度の火薬が使われており殺傷能力はありません。単なる脅しかと思われます」

「ふーん。場所が割れているかどうかが微妙だな」

「えぇ、過激な方面に情報が漏れているのは確かですが、どの程度かは……」

「その辺りは、ここへ来る前、死ぬ程しつこく問われたんで気にするな」

「はぁ?」

「何が、どこから漏れていても不思議はないってことだ」

 上の連中の会議は全て、責任をどこが取るかを決めるために行われている、と言っても過言ではない。

 だから皆、アホらしいと思っていても欠席できない。欠席したら、会議に掛けられていた不祥事の『責任』は間違いなく、そこに降りかかってくる。

 今回、オレは途中退場したが、有り難いことに責任が取れる程偉くはない。だがオレに責任を割り振るのは鴻上司令なので、後は司令の忍耐力にかかっている。

「おそらく情報は漏れているから、敵は必ずこの先、それも開催されるぎりぎりを目指して、何か大きな仕掛けを考えているんだろう」

「それは?」

「この会談を中止させたいのなら簡単にできるのに、そこまではしていないからな」

 先程のイタズラも、事前の報告書に列記されている事項も、稚拙な脅しばかりだ。むしろ、この程度ならと思わせ、会談を実現させようとしている節も感じる。

 だとすれば、狙われるのは……

「この建物の設計図と断面図をくれ。あと全員に、この周囲に置いた物資の位置を徹底的に点検、把握させて昼夜問わず見張りを立てろ――っていうか、もう立ててるよな?」

 滝は深く頷いた。

「あとは……滝、お前のところの隊員、以前とどのくらい替わってる?」

 この本部室内にはいないが、この部屋へ来るまでの間に知らない顔が幾つかあった。

「そうですねぇ。今回からのメンバーとしては五人ですが、第四大隊を解かれた以降では二、三〇人も替わっているかと」

「後で建物の内外を見回るんで、そいつら全員と話せるようにしてくれ。顔と名前を覚えたい」

 滝は「分かりました」と言って、口元に明るい笑みを見せた。


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