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いつかそれすらも神話になる日  作者: 干支ピリカ


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第三章 【故郷】 1.

 会見日時は、案外すんなりと三十日後に決まった。

 政府としては相手の気持ちが変わるのを恐れているので、準備が調い次第すぐという感じだったが、向こう側もそれで構わないとの返答だった。

 相変わらず応対に出て来るのは、あちらにいるこちら側の人間だった。

「発信機に、カメラ付けとけば良かったな」

 執務室の机に山と積まれた、『隣人』の資料――今まで政府が隠していたものをめくりながらオレがぼやくと、分厚いファイルを三冊重ねた向こうから生島の声がした。

「森ン中に放っといたレンズには調整が必要でしょうし、壊れたって言われたらそれまでですよ」

 そりゃそうだ。

 会見場所としては、指定ポイントにこちらで簡易的な建物を建てる――と、いう段取りになった。それはいい。その普請の監督責任がオレの部隊に来たのも想定内だ。

 だが建設に関する法制的な面が、オレ個人の問題として政府から直々に降りてくるとは、全く想像しなかった。


「あの土地の使用権なんですが……」

 気を使わないと言いつつも、やはり生島は言いにくそうだった。

「あの辺りの関係者で、今も生きていて一番資格があるのは茅野隊長らしいんです」

 祖父も、曾祖父もあそこに住んでいたらしいし、元はそこら一面の開拓責任者の家系だったと、何かで聞いた記憶は確かにあった。

「ありそうな話だが、あの事件の後、オレは色んな書類にサインしたぞ。その中に、土地の権利委譲書とかはなかったのか?」

「今、調べていますがなさそうですね」

 黒い表紙の分厚いファイルと、端末の画面を見比べながら綾部が答えた。

 長期保存が必要な書類はデータベース化して、ディスクや、政府のメインサーバに保管してあるが、権利書、任命書など、サインや印鑑が必要な書類は、リストに登録後原本保管が基本だった。

「それに、鴻上司令がそんな書類を、茅野隊長に渡す訳ないと思いますよ」

 読み終わったファイルを、綾部の机の上に積み重ねながら、生島が少し呆れたような声を出した。綾部も深く頷く。

「譲渡相手が、石背の高官の名前になっていても、右から左にサインしそうでしたしね」

 もっともなので反論しなかった。

 じゃあオレは、いったい何の書類にサインしていたのだ?――と思っていると、立ち上がった綾部が、一冊のファイルを差し出した。

「茅野少佐のサインが入っているのは、調査とか後始末とか、一切合財の処理の許可書ですよ」

「土地の所有者だからこそ要る、サインだったんじゃないんですか?」

「成程」

 納得したオレは、再び、土地の使用書その他にサインをした。

 名目は地質調査である。

 いちいち面倒なので、いっそこのまま政府に譲りたいと鴻上司令に言ったら、軍部的にも、周芳的にも都合が悪いと却下された。

 あの時、全ての事後処理を他人(主として鴻上司令)任せにしたオレへのペナルティなんじゃないか? との疑問も湧いたが、『そうだ』と言われるのもナンなので、渋々取り下げた。


「あちらに着いた片山たちは、うまくやってますかね」

 ファイルを、二重に鍵を掛ける仕様の箱にしまいながら、思い出したように生島が呟いた。

 葉前の指定ポイントには、片山たちを組み込んだ中隊を先に送っていた。不審人物を警戒しながら、施設の突貫工事も手伝っているはずである。

 残った者の業務は、『隣人』との交流を喜ばない人間の洗い出しだった。

 とは言っても『隣人』の情報は一般には知られていないので、相手は軍の上層部や政府内部の関係者ばかりである。

 正直、厄介この上ない。

基本的に誰が知っていて、誰が知らないかですらはっきりしない。

「明らかに、政府のくれたリストは過去のものになっていますね」

 政府とは別に、参謀本部が寄越した独自の調査リストもあった。この会見を知った上で、動いていると思われる人間の数は予想以上に多かった。

 調査リストから名前、役職、勤務地その他をデータベース化した分布図を見て、生島が唸った。

「事の重要性は分かります。ですが、通常業務以外の全ての力を注いでいるような、政府の意気込みは何でしょうかね?」

 オレも見たが、中央政府内はほぼ全部署、地方も周芳、石背は言うに及ばず、主だった町の代議士も何人か関わっている。

 バラけ方は散漫で、周芳、石背の両陣営どちらかに偏った、どちらにも偏ってない等の法則性は見当たらない。

 その中には綾部の親父さんもいた。オレがリストを読んでいると、綾部は、

「この前会った時は、知らなかったと思いますよ」

 と断言して冷笑を浮かべていた。

 この親子関係にも困ったものだとは思うが、当面オレが口を挟む話ではない。オレとしては、ある意味、非常にオープンになっている政府の事情より、軍の不透明具合が気になった。

 軍内部のリストは、最初に渡されたものから変化がない。

「印波のことがなけりゃ、額面通りに受け取ってもいいんだがな」

 綾部が答えるまでに、少しの間があった。

「参謀本部も軍の一部です。しかも現在は、普段は極力排しているつもりの、各人の出自が出てきても不思議ない状況ですしね」

 それを言っては、身も蓋もない。

 参謀本部は立場上、『石背』『周芳』の垣根はなく、局外中立を厳しく指導される。それでも、生まれた時からいた場所には弱い。

「だから、情報が更新されないのが情報――という風に見てはどうでしょうか?」

 つまり、どちらかの、もしくは両方の陣営で、大がかりな動きがあると言う前提か。

 救いがないな――オレは天を仰いだ。

「まぁ、偽情報を刷り込まれるよりは、マシだな」

「ということです」

 上を向いたままのオレに、どこかすまなそうな声が聞えた。

 会見の出席予定者は、ほとんどが政府の人間で、両陣営のバランスも取れていたが、少し気になったことがあった。

「綾部。涌井元帥は出て来ないのか?」

 軍部内における、石背の総元締めの名をオレは挙げた。

「出席者リストに、涌井元帥御本人のお名前はありませんでしたが、政府側に出ている『大川』という人物が、確か義理の息子だったと記憶しています」

「石背の妖か……いえ、大御所もいい年でしょう?体壊したんじゃないですか。ここ一年、公式行事でも見たことないですし」

 生島の言うように、確か七十は過ぎていたはずだ。巷に流布する『妖怪』のあだ名は、伊達ではない。今までの『氏族』の寿命の常識を、遙かに凌駕している。

だが、くたばったという話はまだ聞いていない。

 現在の首相は、周芳出身だ。国を代表する席なら、意地でも横に並ぼうとすると思ったが。

「体調が思わしくないのは事実のようです。一時期かなり危なかったらしく、元帥の屋敷に、人の出入りが激しかったという記録がありました」

「いつ頃だ?」

「今年の春ごろです」

 春か……と呟いたオレに、綾部が「気になりますか?」と聞いてきた。ゆっくり頭を前に倒す。

「気になる。第二隊の、礒辺大佐の情報を集めてくれ。元帥の腹心だ」

「分かりました」

 綾部が端末を叩き始める。

 他所から参謀本部へ繋ぐには、何重もの障壁を越えなければならない。何度も、迷いなく、十桁以上あるパスワードを空で打ち込めないとアクセス権限が付与されないので、こころみるのは一握りだけだろう。

 集中している綾部をそのままにして、今度は生島へ向き直る。

「政府関係のリストは先遣隊の邪魔になりそうな職務に就いてる奴の分だけ、ピックアップして滝に送ってやれ」

「了解。あ、滝軍曹から茅野隊長の現地入りは予定通りですか? と聞いて来てましたが」

「建物の工事は、予定通りに終わりそうか?」

「連中も手伝ってるんで、ちょっと早めに終われそうだと聞いてます」

 元々決められた期日まで、そうそう余裕はなかった。

「そうか。じゃ、予定通りに行く。生島、お前は開会直前まで残りの連中と、こっちで後方支援に当たってくれ」

「了解」と頷いた生島が、綾部の方を振り向いてさらっと言った。

「綾部大尉、よろしくお願いします」

「了解しました」

 ディスプレイから眼を離さないで、綾部が片手を挙げた。キーボードを叩く手は、既に止まっている。

 この場合、生島が綾部に頼んでいるのはオレの事だろうなと、当人の目の前で平然とエールの交換をする二人を見遣る。

 通常、隊長と一緒に行動するのが副官で、後方で状況分析やら連絡やらをやるのは参謀の仕事だ。

 第四大隊にいた頃は、生島には情報関連の処理のエキスパートとして、後方支援を任せていた。生島にも腕に覚えがないでもないが、それで行けば綾部が数段上なので、大体オレの警護には綾部が回ることになっていた。

 綾部が抜けてからは、あまり大きな作戦はなかったし、気が付いたら左遷されていたおかげで役割は未だ曖昧なままだった。

 今回は、オレ自身がターゲットになっている可能性もあり、第四大隊時と同じ役割を振ることになったが、それに対して本人たちの異論はないようだ。

「葉前か……」

 意識せずに口から出た言葉を、生島が拾った。

「ずっと、行ってなかったんでしたっけ?」

「いや、四年くらい前一度、現場検証に立ち合わされたことがある」

 見事なまでに、何もなかった。遠くに見える山並みが同じだったから、かろうじてそこが郷里だと分かるだけで。

 感覚を麻痺させていたので客観的な印象しか覚えてないが、まともな状態だったら分かることが却って切なかっただろう。

(だけど、今の感覚は、あっちこっち生乾きで……)

 できれば見たくない――そんな情けない本音を吐けるわけもなく、オレは二日後、故郷に向かった。


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