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いつかそれすらも神話になる日  作者: 干支ピリカ


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第二章 【復帰】 5.

「指定された座標軸ですね」

 その場所が何であるか百も承知だろう綾部が、事務的に返す。

「そうだ。どっから出てきたのやら……生島」

「はい!」

 少し上ずった生島の声に合わせるように、部屋の空気が張り詰めたような気がした。いや、オレが余計な威圧感を掛けているのか。

「お前は、これが六年前の件と無関係なはずはない、と言ったな。今でも、そう思っているか?」

「はい」生島は一筋も迷うことなく肯定した。

「根拠は?」

「まず先方が、『地名』でなく『座標』で言ってきたこと。しかも『座標』の後に、『地名』を改めて言わなかったこと。この二点から推測するに、今回の指定が、こちらの人間でなく、『隣人』からのものである事実が分かると思います」

 生島は立ち上がり、綾部に「持ってきていただいた地図をお願いします」と告げた。

 スクリーンの映像が、地図に切り替わる。

「これが連中の言ってきた、三六〇年に政府から発行された地図です。指定してきた場所は、此処です……」

 ほとんどが濃淡のある緑色の地図の上の、左側の真ん中あたりを生島がペン先で指した。

「これは十万分の一ですが、郷の下の村名は書かれていません。こちら側の人間に、この中から適当に会見に使えそうな場所を選ばせたら、普通は首府を、それでなくても自分の故郷とか、せめて地名を知っている場所を挙げるんじゃないでしょうか?」

 もし、六年以上前にこの地を出奔した人間なら、あの事件を知らないだろう。だが、それ以降の出奔なら、事件で全てが吹き飛ばされた土地の、座標は知らずとも名前くらいは覚えているだろう。

「そうだな。事件のあった場所だと分かっていたら、なおさら選ばないだろうしな」

 オレが何気なく呟くと、綾部も生島も痛いくらいの沈黙を返す。

 ある意味、前半生を切り捨てたようなオレより、『オレ』を切り捨てていない彼らのほうがよほど神経過敏だ。

「客観的意見だよ」

 オレは、片手を振って少し投げやりに言い聞かす。

「お前らもそう気を使うな。今回の任務に就いた以上は、この先何度も出てくる話題だぞ」

「そうでした」「そうですね」

 二人の返事が、肩の力を抜くという感じでなく、逆に己に注意を喚起しているようなモノになっているのが少し気になった。だが、もうオレにも何を言っていいか分からない。

 オレの心の内を知ってか知らずか、綾部が冷静な声で、誰にともなく問い掛ける。

「これが、『隣人』側の要望だとしたら、彼らは事件を知っていたことになるんでしょうか?」

 席に戻った生島が、冷静な声で答える。

「そう考えるのが自然かと思います、綾部大尉」

 オレも、ここまでの生島の話に異論はなかったので、黙っていると綾部がまた訊いた。

「では、何故、この場所が指定されたんでしょうか?」

 その質問は、『何故、この場所が爆破されたのか?』に繋がっている。だから、答えは決まっていた。

「現時点では分からん」

 相手のデータが無さすぎる。

「……ただ、地理的な条件で言えば、何もない場所が良かったのかもな。今の此処なら、軍隊を隠して置くなんてのもできないし」

「彼らが軍隊を恐れますかねぇ。よしんば襲われても、彼ら一瞬でどっかへ行けるんでしょう?」

 オレは、疑わしそうな生島の発言の一部を牽制する。

「その話なら、システムが解明できない以上、断定はできん」

「ですが、空き地と言っても、今から会見用の建物を建てることだって可能な訳ですし、そんなことを気にするなら、『隣人』のエリア内に呼び出せばいいでしょう?」

 確かに。政府が長い間、一方的なラブコールを続けていたのは、『隣人』側も知っているようだった。ならば、呼び出されれば、我々がどこへでも出向いて来るくらいは予想できるだろう。

 言葉を切って少ししてから、「それに……」と前置きして、生島は続けた。

「何より、オレは今までの経験から、この手のことに偶然は信じません」

 オレも、この稼業をしていて、『偶然』なんてのは、その辺に転がっているものじゃないと信じている。こうなると、気になってくるのは……

「綾部……今更だが、参謀本部に上げられた報告書で、結局『葉前』の爆発の原因は、何になったんだ?」

「……茅野さん、見てないんですか?」

 呆れを通り越して、当惑しているような声へ、反射的にオレは言い訳する。

「さっき言ったろ、どうでもよかったんだっ、て……」

 ……ヤバい。口にした後、すぐに失言したことに気が付いたが、時既に遅く、生島がきっちり反応していた。

「さっき? 茅野少佐が綾部大尉と会ったのは、印波確保の現場だって言ってましたよね。その時は、まだ今回の話は知りませんよね? 首府へ来るまでの間に、偶々(たまたま)昔話が出たんですか?」

 口調は抑えているが、つい今しがた『偶然を信じない』と言った口が、『偶々』と口にする時点で詰問のように聞こえる。

 綾部が視線で、オレに『言ってもいいか?』と問うてきた。

 オレは額に手を当て、綾部に頷いた。どうせ避けては通れない話だった。

「印波が、死ぬ間際に茅野少佐に言ったんです」

「何をです?」

 滅多に言葉を濁さない綾部が、それでもいくらか言いづらそうに口を開く。

「葉前を焼いた犯人を知りたくないか?――と」

 生島が、勢い込んで椅子から立ち上がった。

「それでっ!?」

「茅野少佐は『どうでもいい』と……」

 赤→白→青と変わる、この時の生島の表情は見物だった。多分、それを向けられた側でなければもっと。

「茅野中隊長っ!!」

 動揺のあまりか、昨日までの役職でオレを呼ぶ悲鳴のような声に、速攻でオレは謝罪した。

「悪かったよ! オレだって、あの後いきなりこんな事態になるなんて、夢にも思わなかったんだよ!」

「それはそうでしょうがっ……!」

 煩悶する生島へ同情するように、綾部も息を吐く。

「仕方ないですよ、生島曹長。印波が本当のことを知っていたとも限りませんし」

「ですが、少しは何かこの件に関した情報が聞けたんじゃ……」

 そこで生島は、はっとしたように言葉を切った。

「……え。それじゃあ、印波は今回の件……」

 生島の低い声に、綾部は平然と応える。

「詳細を知っていた可能性は少ないとしても、何らかの関係があったのは、確かでしょうね」

 心もちひそめられた声に、オレが口を挟む。

「その件は、オレが鴻上さんに上げといた。……だいたい、印波があそこまでまっすぐに、オレに到達すること自体が変だろ」

 先程のオレと鴻上司令。それに、この任務を聞いた時に綾部も組み立てたのであろう、同じ結論に達した生島が、声をひそめて毒づく。

「オレ、『隣人』より『石背』を仮想敵国にしたほうが、業務効率が上がると思いますよ……」

「作戦も立てやすそうですしね」

 綾部がさらっと同意する。同感ではあるが同調する訳にも行かず、「ある程度は予想できたことだろうが」とオレは二人に言った。

「正式の辞令も出たことだし、一応、石背(そっち)にも、目を配っといてくれ」

「はい」という異口同音の返事を聞いて、オレは再度、綾部に尋ねた。

「で、爆破原因は?」

「焼け跡から、人工的な発火装置の破片らしき物が出て、人為的な爆発と仮定されたのは、ご存知かと思います」

 目的も犯人も分からず仕舞いだったが、最終的に『テロ事件』と銘打たれたのは、無論よく知っていた。人為的な爆発の証拠があった、というのは初耳だが。

「ただ、異変が起こった次の日の現地調査では、大気、大地共に、爆破原因が限定できる、化学反応はありませんでした。また、その後の探索でも、最初に見つかった『発火装置の破片らしき物』の他に、爆発に関係すると思われる器具・機械類は何一つ見つかりませんでした」

「つまり、何も見つからなかったんだな?」

『らしき』物だけじゃ、証拠というのも烏滸おこがましい気がする。

「何も見つからなかったから、却っておかしい――、という結論は出ましたよ」

 相変わらず表情は変わらないが、どこか楽しげな口調だった。

「三つの村を吹き飛ばす規模の爆発なのに、残留物が無さ過ぎました。燃えたにしろ、吹き飛ばしたにしろ、瓦礫やら粉塵やらが皆無に近いというのは充分に異常です」

「どこにも無かったんですか?」

 生島の質問に、「爆心と見られる葉前から半径五百㎞以内の調査結果です」と綾部が答えた。

「影響が、ほぼ三つの村内に限定されているのも、謎の一つです。……つまり、ある一定のラインを越すとキレイに、焼かれた跡が存在しない」

 意味ありげな綾部の視線に、オレは応えた。

「まるで、『境界線』のようだと?」

「その通りです」

 満足そうな声が、オレの耳に届いた。

「ちょっと待って下さい、そこまで分かってるのに、単なる『テロ』で片づけられたんですか?」

 オレ同様、当時の事情を知らなかった生島が、慌てた様子で口を挟んだ。

「どちらかと言えば、ここまで不気味な事実が出てきたから、早急に『テロ』で片づけたんでしょうね」

「確かに、『隣人』の存在が、伝説のままだった当時は不気味でしょう。それにしても……」

「仕方ないだろうな。首謀者も分からない。爆発物も断定できない。おまけに結果が怪談の類じゃ、付近の住民は眠れないだろう。それに、テロの可能性もまだゼロじゃない」

 そうだろう? と振り向くと、綾部が深く頷いた。

「発火装置の破片――らしき物とはいえ、これは『隣人』とはそぐわない単語でしょう」

 確かに、幽霊や妖怪、超自然な存在と、発火装置付きの爆弾は似つかわしくない。

「参謀本部じゃ、その後も調査を続けたんだろう?」

「調査班はもう解体されていますが、どこかの部署で継続中だと聞いています」

「それじゃあ、綾部……」

 オレは一瞬どうすべきか迷ったが、結局は口に出していた。『隣人』の領域でないなら、『人間』の仕業だと思うからだ。

「石背が、未知な爆弾を作成できた可能性は?」

 綾部は、一呼吸を置いてから口を開いた。

「当時の状況から考えれば、ほぼゼロですが、『未知』なモノだけに、どんな可能性も捨てきれていません。人や資源の動き。その他、単純に観測上の問題から考えれば、大規模な爆発物の実験を、中央に知られずに郷独自で行うのは不可能に近い。それでも研究所で、偶然マズイ物ができて、しまわれていた可能性もあるでしょう」

 回りくどいが、とりあえずは『白』か。

「オレもイメージじゃないと思いますが。綾部大尉、『隣人』が持ってきた可能性なんかも、参謀本部では追及していたんですか?」

「今回の件があって、ようやく、という感じです」

 それこそ未知数だ。いやむしろ、全部あちらの仕業にできれば辻褄は合ってしまいそうだ。とはいえ、政府も軍部もそこまで単純にいかないだろう。

「最後の質問だ、綾部。未知の爆弾が、政府、もしくは周芳で開発されていた可能性は?」

 わずかに空気が重くなる。

 綾部とオレは周芳の氏族で、政治家の息子だ。生島は、周芳でも石背でもないが、オレとの付き合いが長いので、その辺の身内より内情を良く知っている。

(そういえば、生島が専科へ進む際、親父に推薦状を書かせたんだったっけ)

「ない――と断言していいと思います」

「『未知』なモノゆえの、可能性は捨てきれないんじゃないのか?」

 先程、綾部の言った言葉を引用すると、目が挑戦的に見返される。

「政府には、そのための機関が存在しません。現在理化学系の研究所は軍と、石背、周芳に二、三点在しているだけです。在野の研究家が皆無とは言いませんが、あれだけのものを作り出すには、それなりの施設が必要です。周芳は……」

 綾部は訴えるように、言葉を変えて繰り返した。

周芳(ウチ)だったら、幾ら鴻上司令が推しても、この件に茅野少佐を持ってきません」

 そうだよな。同情とか厄介者扱いはあっても、自分が一族からそこまで軽く見られる理由はない。何らかの思惑はあるにしても、『負』の方向ではないだろう。

「当時、まだ司令でなかった鴻上大佐が知らなかった可能性はありますが、この件に関しては最初から政府も絡んでいます。政府、軍双方にいるウチの上の人間が承知して、茅野少佐に今回の仕事を振った以上、後ろ暗いところはないとみて間違いはないかと」

 政府、周芳、双方の関与を否定され、オレは椅子の背もたれに身体を預けて、天井を見上げた。

「……だが、そうやって、状況から判断すると、石背の可能性もない気がするんだよ」

 オレのぼやきを、二人は怪訝な顔で聞きとがめる。

「茅野少佐?」

「それって、どういう……」

 オレは、鈍痛を訴え出したこめかみを拳骨で押えた。

 胃やら頭やら、本当に軟弱だ。

「参謀本部に、事件について、オレが軍の上層部……石背側から受けた、尋問の記録はなかったか?」

 綾部の顔から、元々乏しい表情がさっとなくなった。載ってなかったか、やっぱり。

「詳細は、ほとんど忘れたけどな……」

 実に、オレの精神半壊の引き金だったし。

 当時の鴻上中佐がかなり強引に、石背あちらへ引き取りに行かなかったら、オレは今ここにはいなかっただろう。

「親父のことを根掘り葉掘り、あと爆弾の出所に心当たりがないかを、何度も何度も、執拗に聞かれたことは覚えてる」

 ただ眠らせないという行為が、立派に拷問になるのをあの時身をもって知った。

「周芳に対する嫌がらせは、あったかも知れないが、ただのカモフラージュのために、あそこまで手間かけるとは思えないからな……」

 危うく廃人になりかけた――の言葉は止めておいた。反応が怖い、特に綾部は。

 部屋に少しの静寂が流れ、それを破るように生島が「はぁー……」と、長々息を吐いた。

「『石背』が茅野少佐に、あれだけしつこく拘る理由が少し分かりましたよ……」

 何も成果がなかったことは置いておいても、石背からすれば、拷問まがいなことをやった人間には、あまり目の前をうろうろして欲しくないだろう。

「……全く。昨日から今日は、朝から晩まで、驚かされてばかりです」

 うつむいてキーボードを叩きながら、綾部が低い声で言った。目元が髪に隠れて見えない。生島が慰めるような声をかける。

「オレも茅野少佐も同様ですよ。一昨日までの、牧歌的生活が嘘のようです」

「動く時はこんなもんだ。今回は、たまたま全部が一つの根で……オレに繋がってきたから疲れるだけだ」

 開き直ったつもりだが、わざわざぼやいてしまうのは修行不足だろう。

「だがお前らは、好きでオレについて来てんだから、その件に関して文句は聞かん」

 声はすぐに返ってきた。

「言いません」

「分かってます」

「よし。指定された座標軸と、六年前の事件の関連をオレも認めるが、とりあえずは頭の隅におくだけにしておけ」

 何せ六年前も、印波の事件も、今回の『隣人』のコンタクトも、『理由』や『原因』が分からない以上、どこへ注意していいかも分からない。

 何も分かっていない『隣人』も厄介だが、はっきりと感じられる『悪意』も同じくらい厄介だ。

「何が分かっても、単独で行動を起こすな。オレか、いなけりゃ鴻上司令を仰げ」

 肯定の返事を聞きながら、

(それでも何も起こらなかったら……?)

 なんて、オレは思った。

 現場として、それに越した事はない。

(じゃあ、オレは?)

 オレは、何かが起こることを望んでいるのか?

いや、それ以前に、自分が何かを望んでいるのか、よく分からなかった。


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