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マジックソードの戦闘

 ギルド兼酒場にあるクエストボードには、種々様々な依頼が掲示されている。それぞれに難易度であるランクが設定されており、受注者のランク以下のものだけをギルドが承認して受注完了となる。

 今傭兵ギルド『ブルート』に掲示されているものの多くはランクE~Dの低難易度だ。中にはCやBランクのものもあるが、「ゴブリンリーダーの討伐(ゴブリンの巣へ入る必要あり)」や「オーガ変異種の撃退(魔法耐性確認済み)」など、一目で初心者には難易度が高いものだとわかる。


「初めはランクEの中でも畑を荒らす大鼠の討伐や、森に入っての物資調達なんかを選んで装備を整えた方がいいですよ」


 依頼を眺めていたエイジに声をかけたのは、『勇者』アルトだ。

 食事を終えたのか、陽光を反射する金髪を揺らしながらランクBの依頼書を手に取る。


「忠告どうも。お前もそんな風に地道な経験を積んだのか?」

「ええ、もちろん。始めて大鼠と戦った時なんて、腰を抜かして這って逃げ回りましたよ」


 笑顔であっけらかんと言う顔は、その話が本当か嘘か曖昧にする。少なくとも、爽やかさを絶やさず、堅牢な鎧に身を包んだ姿からはあまり想像できない話ではある。


「パーティを組むつもりは?」

「今のところ無いな。まだその必要性を感じない」


 今のところ、とは言っているが、本当のところは最後までそのつもりは無かった。せいぜいが、プレイヤーらしき人間を見極めるために、偽装パーティを組む程度だろうか。


「『マジックソード』は強力なジョブです。攻撃面では全ジョブでも一、二を争うかもしれない。何しろ、攻撃特化のジョブである二つの特徴を併せ持っていますから。

 ただ、絶対数が少ないことにも理由はあります。それは、防御能力の脆弱さです」

「低防御力がどうのってやつか」

「はい。『ソードマン』も『マジシャン』も、共に打たれ弱いジョブです。噂では、『マジックソード』はその二つに輪をかけて打たれ弱いそうで、実力をつける前に死んでしまう人が多いせいで珍しいジョブだという話もあります」


 聞きようによっては脅しともとれるが、この男から受ける印象から推測できる性格上、善意からの忠告だろう。

 固有ジョブである『マジックソード』の珍しさを表すエピソードとして設定されている話なのだろうが、性能のピーキーさを聞いている限り、あながち設定上だけの話でもないだろう。


「打たれ弱さをカバーしつつ圧倒的な攻撃力を発揮するためには、パーティを組んで壁役に攻撃を引き受けてもらうのが最善策です。例えば、『パラディン』である僕と組む、とか」


 最後の言葉に、酒場がにわかにざわめく。当然だ、『勇者』と呼ばれるほどの名うての戦士が、今日ギルドに登録したばかりの新入りにパーティの誘いを出したも同然なのだから。


「ふっ……」


 爽やかな笑顔のまま返答を待つようなアルトに、誘われた側は口元に笑みを浮かべたまま依頼書の一つをボードから破り取った。


「面白いな、お前は」

「それはどうも」

「実力をつけて、お互いの力が必要になった時には此方からお願いしよう」


 それだけを言って、カウンターにいるギルド長プラーネまで依頼書を持って行く。

 取り残された形のアルトは少しの間キョトンとしていたが、暫くして小さく笑い、肩をすくめて同じくカウンターまで依頼書を持って行った。


「外野の意見ではありますが、先程は破格の申し出だったと思います。断ってもよろしかったのですか?」


 実質無条件で力を貸すと言っていたのだ。確かに実力差を考えれば破格だろう。なにしろ、提案側にはメリットは無いに等しい。

 口ぶりからすると、『パラディン』は防御能力が高いジョブなのだろうが、他に攻撃能力が高いジョブを選んでいる熟練者など掃いて捨てる程いる。それでも、というのだから、ただ受けておけば今後のゲーム進行を有利に進めることが出来た。


「それでも、今日あったばかりの人間を信用して、背中を預けるような真似はしない」

「そうですか。エイジ様はそう決めたのであれば、私共は何も申しません。出過ぎた真似をいたしました」


 これ以上何を言っても無駄だと思ったのか、プラーネはただ出された依頼書の受注者欄にエイジの名前を書き入れ、腕輪に手を置いて何やら呟いた。


「これで依頼の受注が完了いたしました。無事のお帰りをお待ちしております」


 送り出す言葉に軽く手を挙げて返答し、エイジは酒場を出た。

 


 酒場を出る新人の背中を見送りながら、プラーネは小さく息を吐いた。


「どうかしましたか?」

「アルト様。いえ、大したことではありません。ただ……」


 僅かに躊躇した後、エイジが受注した依頼書を差し出す。それを見たアルトの笑顔が少し引きつる。


「これは……天の邪鬼というか、何というか」

「ご忠告を無視なされたわけでは無いと思うのですが、これが彼の性格の表れなのかもしれません」


 二人が苦笑して眺める依頼書にはこう書かれていた。


 「ランク:E+

  クエストタイプ:討伐

  依頼対象:ゴブリン五~十体」


「見事に、初心者が受けるべきでない依頼の最たるものを選んでいますね」

「+付きとはいえEランクの依頼ですから、本人に希望があれば止めることは出来ません。しかしこれは……」

「相性最悪の多対一。まぁ、止めても彼は行ったでしょうけどね」


 +付きの依頼というのは、ランクが上がる程では無いにせよ、通常のランクより難易度が上がる依頼であり、不測の事態も起こりやすいと判断されたクエストである。その分、通常の報酬に加えてギルドからの追加報酬もあるが、新参者が初めの依頼として選ぶようなものでは無い。

 タチの悪いところは、彼がこのこと――最初の依頼として不適当であり、なおかつ自身のジョブ特性を鑑みて相性が悪いこと――を全て理解した上で依頼を選んでいることである。

 型破りな新人に、二人の熟練者は顔を見合わせて苦笑を交わし合った。




 圧倒的に有利な条件である『勇者』からのパーティの誘いを断ったのには、二つ理由があった。

 一つは、酒場で言った通りまだ信用出来るという段階ではないということ。

 ゲームは最序盤、本来ならプレイヤーは右も左もわからぬ中で苦労しながら経験値を積んでいくだけの段階である。そんな時に、自分よりも圧倒的に実力のある相手からパーティの誘いなど受けてそのまま受け入れるのは、ただの阿呆である。

 現状、『勇者』アルトはNPCかプレイヤーかの区別がついていない。このゲームでは、NPCも人工知能を搭載しているせいで自由に行動し、プレイヤー並のプレイを行っていることは珍しくない。中には異名付きになるNPCも出てくるだろう。

 そういう意味では、パーティに自発的に誘ってくるNPCもおかしくは無い。なにしろ、NPC達に自分が人工知能であり、ただのプログラムであるという自覚は無いのだから。


「とはいえ、この段階じゃ疑うしかないがな」


 腰の剣を抜き去りながら、独り言が漏れる。

 NPCであったとしても、プレイヤーだとしても、何かを企んでいるという疑念は拭えない。まして序盤での誘いともなれば、ゲームの難易度自体を覆しかねないものだ。いくら単純なRPGではないとは言っても、こんな都合のいい話がそうそうあるだろうか。

 結局、初期のプレイヤーをゲームオーバーに持って行くためのトラップイベントか、何らかの企みを持っているプレイヤーか、という判断をしなければならない。

 実際に会話した印象としては、油断ならない実力者だが悪人では無い、というのが本音だが、生身の肉体では無いことで気配を探る能力を筆頭に、勘が鈍っていることはすでにわかっている。残念ながら印象からの判断だけで受け入れるわけにはいかなかった。


「…………」


 依頼書に書かれた、敵の出現位置となっている都市の南側にある草原。背の高い草が敷き詰められるように生えているそこに辿り着き、思考を止めた。

 エイジの感触でいう「気配を探る能力が落ちた」というのは、あくまで本人が現実世界でもっていた常人離れした技能基準での話である。ゲーム内では、ステータスやアビリティによって強化された五感が適用されるため、それがエイジ本来の能力を下回っているだけの話だ。


「……いるな」


 腰を落し、周囲を警戒する。

 「ブレイン・ファンタジー」では、基本的な動作についてはプレイヤー自身の運動能力に依存する。とはいえ、ゲームらしいステータスが全く意味が無いと言うわけでもなく、筋力や素早さという基礎ステータスによる補正はかかる。

 実はそれこそがこのゲームにおけるキモ(・・)であり、レベルアップに伴うステータスアップと、その補正がかかった肉体を如何にうまく使いこなせるかというのがゲームクリア及びデータ収集という目的のために重要となってくる。


「一、二……バラけているな」


 『マジックソード』は『ソードマン』と『マジシャン』両方の特性を併せ持っている。全てを完全にもっているわけでは無いので、上位互換というわけではないが、防御を度外視しているとしか思えないピーキーなジョブ性能は、使いこなせれば圧巻の強さとなる。

 現在は、ジョブアビリティである『剣士の心得』による気配探知能力への補正が、草原に身を隠す敵の気配を捕えていた。


「来いよ、相手してやるぞ」


 敵が隠れているということは、エイジは襲撃される側である。だが、その表情にいつ襲われるかわからない不安など微塵も無く、ただ獲物を待ち構える獣のそれだ。

 不敵に笑い、剣を腰に当てて構えるこの姿こそ、エイジがアルトの誘いを断った第二の理由である。


「パーティなんて組んだら、この楽しみが半減だ。

 低防御力? 死亡率の高い伝説のジョブ? 上等だ。使いこなしてやるよ」


 肌がひりつくような殺気に晒されながら、明らかにエイジは楽しんでいた。

 たった一人での戦いは、危険度も増すが自由でもある。彼のジョブを考えればなおさらだ。

 その危険を楽しめる人間というのが、彼――プレイヤー『エイジ』である。


「ギギャッ」

「ゴゴギャ」


 不快な叫び声と共に草原から飛び出した緑色の肌をした醜い小人は、己の行動を瞬時に後悔した。


「――剣技、『居合』」


 飛び掛かった二匹のゴブリンは、凄惨な笑みと共に放たれた高速の一閃で真っ二つにされた。

 棍棒を持つ腕を振り上げたことによってガラ空きになった胴体を、二体同時に切り伏せる斬線。見事過ぎる斬撃は、クリティカル判定になって一撃で二匹を屠る。


「ステータスは確認済み。すでに俺が使える特技と魔法はわかってる」


 まだ隠れている敵の、AIなりの恐怖を感じながらの独り言。


「お前らは実験台だ。俺の、『マジックソード』の戦い方を知るためのな」


 仮に、この場に他のプレイヤーがいたのなら、間違いなく一目散に逃げ出していただろう。それほど恐怖を感じる表情と雰囲気を醸し出している。

 こういう面では、ジョブや信用云々以前にエイジはパーティプレイに向いていない人間性ともとれる。


「ギ、ギギ」

「どうした、いつまでも隠れて機会を窺うつもりか?」


 言葉が通じるかはわからないものの、どこかで悔しげに呻くゴブリンを挑発する。


「悪いが、待ってやるつもりは無いぞ」


 再び剣を構える。今度は腰に当てるのではなく、肩口から水平の形。

 実験と称した以上、試すべきことは山ほどある。「特技」と呼ばれるスキルの次は、「魔法」も試しておかなければなるまい。


「――火を払い、火で斬る我が剣閃よ。その熱と斬撃で敵を捕えよ!」


 魔法発動のための呪文を唱える。

 スキルには、全てクールタイムとキャストタイムが用意されている。クールタイムは、スキルを一度使用した後に、再使用になるまでの時間。キャストタイムは、スキルを起動してから実際に発動するまでの時間。

 例えば、先程の『居合』は特技に分類されるもので、クールタイムは五秒、キャストタイムは三秒である。つまり、再使用までには五秒必要であり、使用から三秒は溜めを作らなければ放てないということになる。


「ギギョー!」


 それを理解しているわけでもないだろうが、ゴブリンの内一匹が飛び掛かってくる。

 スキルのキャストタイムには特技と魔法での違いもあり、特技は頭の中で起動を念じ、キャストタイムを過ぎればスキル名を言葉にすることで発動する。その間、多少の制約(『居合』の構え等)はあるものの自由に動け、スキルは発動まで悟られることは無い。

 対する魔法は、起動のために呪文を唱える必要があり、かつ集中しなければ魔力を練られない(という設定である)ため、発動まではほぼ無防備となる。


「ぐっ」

「ギギョ、ギギョ」


 その隙をつかれ、棍棒で右肩を強打される。

 HPやMPのケージが存在しない「ブレイン・ファンタジー」において、それらの残量は感覚でしかわからない。

 だからこそ、エイジはあえて(・・・)攻撃を受けた。


「はっ、確かにザコの割にはけっこうなダメージだな」


 たった一撃で、クリティカルというわけでもないだろうに、体には思いの外疲労のような奇妙な脱力感がある。これはHPの低下によるものと考えて間違いない。

 それだけを知るために、異形の生物からの攻撃を受けた。別に「ブレイン・ファンタジー」での死亡=精神の死亡となるわけでは断じてないが、それでもここまでリアルな世界と感覚であれば、多少の恐怖や躊躇はしてしまうものだ。

 それが全くない。ただ実験のため、最悪死んでも構わないという意志が感じられる。

 とはいえ、まだまだランクE+程度の敵。それも、RPGではザコの代名詞とも言えるゴブリンの攻撃をたった一度喰らった程度で死亡することもないだろうとも予測はしていた。


「ギゴッ」

「もういいぞ、十分だ」


 懸念となる低防御力やHP低下の症状などは把握した。すでに、残りの実験は魔法を撃つだけである。


「消え失せろ、『フレアスラッシュ』!」


 構えていた剣を横薙ぎにする。同時に、剣から炎が噴き出して刀身に纏い、剣閃をなぞるようにして炎が斬撃の形に飛んでいく。


「ギギー!」

「ギギャー!」


 発動された魔法は、目の前にいたゴブリンどころか、前方半円状の草をまるごと刈り取るようにして、隠れていたゴブリン諸共に焼き尽くす。


「ギキッ」

「逃がすかよ!」


 叶わないと悟ったのか、魔法の影響下の外にいたゴブリンが二匹逃げ出す。

 それを追って走るエイジの速度は凄まじく、瞬く間に敗走する背中へと肉薄する。

 こうなってしまえばもう終わりである。元より、「攻める」ということに関しては全ジョブ中でもトップクラスの性能を誇る『マジックソード』に、あろうことか常人離れした戦闘技能をもった人間が就いているのである。たかだかゴブリンでは逃げ切れるはずもない。


「ギィー」

「黙ってろ!」

「フギッ――」


 瞬時に右手側のゴブリンの背中を斬り、返す刃で左側の両足を斬りつける。

 ただの斬撃だったために今度は一撃とはいかなかったが、すでに動くことすらままならないモンスター二匹。憐みの感情すらなく、首を落とした。


「これで終わりか。案外あっけなかったな」


 敵の気配が無くなったことを確認し、剣についた血をそこらの草で拭う。

 一撃貰ったものの、終わってみれば一方的な戦闘。初のクエストとは到底思えない戦果を上げている。


「特技はそれぞれの特性を理解しないとな……『居合』みたいに溜めが必要なものが他にもあるかもしれん。魔法は極力避けた方がいいな。威力は高いが、隙があり過ぎる。あげく動けないんじゃ、恰好の的だ」


 スキルやアビリティなど、基本的なシステム関連の説明はナビゲーターによってゲーム開始時に聞かされている。しかし、百聞に一見に如かずと聞き流していたエイジは、ようやくそれらを実感として手に入れていた。


「ま、いい。十分やれるってことだろ」


 概ね狙い通りだった結果に満足し、帰路につく。

 腕輪の表面には、「Quest Clear」の文字が表示されていた。




「依頼を終えてきた。確認してくれ」


 そう言って腕輪を差し出す新人を、プラーネは驚きの表情で迎えた。


「まさかこれほど早く、しかも無傷でお帰りになるとは思いませんでした」

「無傷じゃない。試しに一撃喰らってみた」

「それは、ほぼ無傷と同義です」


 呆れたような言葉と、短い笑い。


「――はい、確認いたしました。これで依頼は完了。報酬の銅貨20枚と、ギルドからの追加報酬です」


 ジャラジャラと小気味良い音がする小袋と、ペンダントのような小さなアクセサリーが渡された。


「なんだこれは」

「『抗魔のアミュレット』です。低級品ですので効果は高くありませんが、魔法攻撃の威力を低減することが出来ます」


 小振りで円形のアミュレットを手に取り、軽く揺らしてみる。光を反射するように鈍く輝くだけのそれには、何らかの力があるようには見えない。

 ギルドが嘘をいって無意味な報酬を出すとも思えないので、多少の対魔法能力があるのは事実のはず。なので、一応は首にかけておく。


「それと、今回のクエストポイントは十五です。あと三十五ポイントでランクアップとなります」

「随分簡単なんだな」

「ランクCまでならば比較的簡単に上がることが出来ます。その辺りから依頼の難易度が跳ね上がるため、多くの人がランクCで頭打ちとなりますが、貴方ならそこまで上がるのにそれほど時間はいらないでしょう」


 依頼ごとに設定されたクエストポイント。それを一定数集めることで、より上位のランクへと上がることが出来る。

 通常のEランククエストならば、せいぜいが一~三ポイントなのだが、今回は+付きであったためにかなり多い設定となっていた。


「戦いには、もう慣れておられたようですね」

「戦いながら理解した。まだ試行は必要だが、攻撃をしている間は強力なジョブだということもわかった」


 戦闘中の動きにかかる補正についても、エイジは計測していた。正確な値こそわからないものの、自分の本来の動きとの違いはまだ微量。むしろ、本来の動きに限りなく近い性能を発揮できる程度には優秀なステータス値だと言える。


「『マジックソード』、気に入った」

「それは何よりです。中には、ご自身が選んだ道でも後悔される方も少なくありませんので」


 プレイヤーに限った話ではないのだろうが、気持ちはわからないでもない。特に、固有ジョブなどでハズレを引いた場合は目も当てられない。

 選んだジョブが思ったものと違った場合、一度死亡してみるのも一つの手ではある。「ブレイン・ファンタジー」でのキャラクターの死亡は、イコールキャラデータの削除となる。二度と復帰は出来ないが、代わりに初めから始めることが出来るので、再プレイまでのログイン制限さえ目を瞑れば悪い話ではない。


「ま、何にせよこれからだろう」

「その通りです。慢心が無いようで安心いたしました」


 そう言って、グラスに注がれた赤ワインを差し出してくる。


「なんだ?」

「初依頼達成のお祝いです。例年、多くの方が傭兵や冒険者として名を上げることを夢見てギルドを訪れますが、最初の任務で命を落とす確率は三割に上ります。今回のように無事生還された方には、サービスとしてお出しすることにしておりますので」


 どうぞ、と差し出されたワイングラスに注がれた透き通った赤を見つめる。

 このゲームは、あくまで精神だけの参加である。生身の肉体は厳密には関係なく、キャラクターの動きなどに関係があるのは、精神が記録・意識している動きであり、生身の肉体を直接動かしているというわけではない。

 では、生身の肉体をどの程度まで再現されているのか。それが、今の彼にとっては重要なことだった。


「お飲みになられないのですか?」

「……いや、飲もう」


 グラスを手に取り、軽く揺らす。鼻孔をくすぐる香りから、年代物の高価なワインであることがよくわかる。少なくとも、冒険者になり立ての新人が飲めるような代物では無い。


「…………」


 しばしの逡巡の後、意を決したようにグラスに口をつけて傾ける。

 流し込まれたワインの熟成された香りが口中に広がり、味わおうとしても自然と喉を通る。かなり飲みやすい部類のワインだといえるだろう。プラーネの気配りが窺える。

 が、それはあくまで酒を飲める人間の意見である。如何に飲みやすかろうと、そもそも飲めない人間からすれば同じである。


「うっ……!」

「エイジ様?」


 思い切って流し込んだため、かなりの量が喉を通る。

 鼻孔をくすぐる芳醇な香りも、喉越しの良い滑らかさも、彼にとっては余計なお世話だった。


「~~~~~!」


 口をグラスから離した頃には半分以上を飲み干しており、一度に飲むワインの量としてかなり多かった。それも、慣れていない人間だからこそか。

 カウンターにもたれ掛り、椅子から滑り落ちそうになるのを必死に堪える。すでに視界は回り始め、顔が熱くなっていくのを感じている。


「まさか、エイジ様……お酒が飲めないのですか?」

「悪いか……!」


 一縷の望みに賭けてはみたものの、素晴らしい再現性をもったこのゲームでは精神だけでも酔えるらしい。ぶっちゃけ、エイジは度数三パーセントの缶チューハイですら昏倒するほどアルコールに弱かった。

 せめてもの抵抗と、悪態を吐きながら見たワインボトルのラベルに書かれた「十五%」という(彼にとっては)驚異的な数字に、抵抗を続けていた意識はあっけなく白旗を振った。


「もう、二度と……酒は、飲まん……!」


 固い誓いを立てると同時に、エイジの意識は落ちた。

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