表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

スイッチ

作者: JoJo


 さあ、困った。


 今、俺はよくわからない場所で立ち尽くし、よくわからない状況に首を傾げている。目の前には小さなスイッチが一つ。当たり前のようにそこにある。


 別に隔離されていることでも無いわけで、そこに壁があるはずでもないわけで。なのにそのスイッチは壁にへばりついているように浮かんでいる。


 ここはどこだ。俺は何をしている? 俺は何をすればいいのだ。ここを立ち去れば良いことなのだが、どうもそれは納得がいかない。


 スイッチは押されることを催促するわけでも無く、押さないでくれと哀願するわけでもなく、ただ、俺を見つめている。そのことが余計に俺を悩ませる。


 周りは白とも取れるが、黒とも思える。いや、赤かもしれない。青と言うこともあり得る。そしてスイッチ。


 「なんだ。お前は」


 自分で言ったはずの言葉は、どこか遠くから飛んでくる。


 「何がしたい?」


 また言葉が飛んできた。俺が言ったはずなのに。誰だ。俺を隠すのは。


 スイッチは答えずに、俺を憎いほどに見つめてくる。


 「何が言いたいんだ」


 俺は苛立ちを覚えた。こんな物に。そして、俺を隠す正体に。


 「答えろ!」


 むきになる自分にも苛立つ。


 「答えろよ!」


 こんなただの個体が、俺の言葉に返事をすることなど、当たり前のように出来ることもなく、俺には叫んだ後の空白感だけが残った。


 「なんなんだよ……」


 呟きさえもが、自分のものではないようだ。


 俺は手持ち無沙汰に、その場に崩れた。俺の体が粉々になる気がした。そしてそれは“気”だけではすまない予感がした。


 いや、すんだのかもしれない。この崩れる音は、どうやら彼方から聞こえてくるようだ。しかし一体なんなのだ? ここ、スイッチ、崩れる音。謎は増えるばかりだ。


 俺はせめて一つでも解決しようと、大きくなりつつある、その音に耳を傾けた。


 微かにする。しかし、耳の奥底から聞こえる。異様な感覚に飽き、耳を塞ごうとする。しかし、何かが耳を叩いた。


 “押さないと、始まらない”


 それは確かにその音の中からはい出て来た。もう一度耳を叩かれる。


 “始まらないと、押せない”


 それはさっきとは似ても似つかぬ言葉。押せば始まると思いきや、今度は始まらないと押せないではないか。


 “押さないと、始まらない”


 また聞こえた。


 「っせえよ!」


 苛立ち、地面を力任せに殴った。が、響くはずの鈍い音は何かに吸収され、空白感がまた、俺を襲った。


 この空白感だけでもどうにかしよう。しかし、こんな状況ではどうにもできない。


 とにかく、空いてしまった何かを取り戻すため、俺は記憶をまさぐった。そして気付いた。俺には記憶が無い。未来の想像図ならあるのだが、俺の中には過去がない。


 謎は増え続ける。


 俺は誰なんだ? なぜここにいる? 未来には何がある?


 とにかくこの状況を脱出しよう。俺はスイッチに指をかざした。その時、遠くで何かが聞こえた。本来、聞こえるはずがない、何かが。そして近くからも、何かが届く。


 遠くで聞こえる断末魔。断定は出来ないが、それとしか取れない。聞こえる。俺に何かを求めるように聞こえる。


 そして近くで聞こえるは……激しく、歓喜する、産声。


 これは産声だ。誰かが今、命を吹き出した。なぜ聞こえるのか。もはやそれは問題ではない。


 俺は考える。


 遠くで聞こえる断末魔。近くで聞こえる産声。


 その瞬間。俺は全てを悟った。


 ……そう言うことか。全ての答えがつながる。


 俺のいる意味。ここ。


 そうだったのか。

 小さな悲しみと苦しみ、そして怒りを感じながら、俺は立ち上がり、スイッチと向き合った。


 “押さないと、始まらない”


 では、始めよう。始めないと、押せないのなら。


 俺はスイッチに、震える指をかざした。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まずは、JoJo先生、小説家になろうへようこそ!(笑) さっそく読ませていただきました。 いいですねぇシュールリアリズム!(レアリスム?) 僕が好きなミヒャエル・エンデを思い起こさせるような…
[一言] 結末までに多くのヒントが散りばめられたミステリィのような作品でした。葛藤が伝わってくる点がすばらしい。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ