立入禁止領域④
「新しいメニュー、これ」
店長から渡されたのは次シーズンのメニュー一覧。
調理は殆どキッチンスタッフが行うけど、ホールもちょっとした調理や飾り付けをするのだ。
センスを魅せられるこの仕事が好きだったりする。
勤務の間に店長がスタッフ一人一人にレクチャーした。
「じゃ、外岡さんにも教えといて、作り方」
特に誰を指名したわけでもないのに
店長は俺を見た気がして俺は返事をした。
「ん?最近面倒見いいな、千鳥。じゃよろしく」
クスクス笑うスタッフ達。
恥ずかしくなった俺は
うるせぇ、俺は仕事が好きなんだ。笑うな。っつー建前で威勢よく見せたりして。
本当は外岡さんとの時間を作りたいだけの邪な男。
その夜俺は外岡さんにメールを打った。
「新メニューが決まりました。俺が教える事になったんですけど今週どっかで時間作れますか?」
いつも通りメールでは敬語の業務連絡のみの内容。
「ありがとう。明日から本復帰するからね!次千鳥いるのいつ?」
ハテナで返して会話を繋いでくれる俺の女神。
「俺のシフトは火、木、金、17時入りで土日が12時~17時まで入ってます。」
聞かれてもない分のシフトまで伝える図々しさ。
俺を意識してくれといういじらしいアピール…。
「OK!じゃ火曜日!私16時半上がりだけどあがんないで千鳥待ってる」
待ってる…だって。
なんだすげー嬉しい。
「わかりました。じゃあ俺もちょっと早く行くようにします」
なんなら今すぐにでも会いたいくらいだぜハニー。
「千鳥本当に2週間ありがとうね!お疲れ様でした!今度何かお礼するね~」
それからメールは返さなかった。
返さなかったっつーか…
お礼ってなに?!何してくれんの?!って
期待が大きすぎて、お礼なんていいよって気遣いすら返せなかったんだ。
それから待ちに待った火曜日が来て
俺は大学を出るとほぼダッシュでバイト先に向かった。
大学と程近い場所にあるバイト先はダッシュすれば16時過ぎには入店できる。
事務所につくと汗拭きシートでくまなく全身を拭き取り
炭酸を喉に流し込んで一呼吸ついた。
「おしっ!」
仕度を整えて平常心を持ってパントリーに入った。
「「おはよう」」
ハモりました。
神様、俺たちの相性はきっと抜群です。
「予想よりはるかに来るの早い!」
あははと笑う聖母に茶化す余裕はなく、気合い入れすぎた自分が若干恥ずかしくなる。
火曜はわりといつも空いていて、ピーク時間を過ぎた店内はこの日も余裕があった。
「さ、手が空いたから教えて?」
外岡さんがやる気満々の笑みで俺の元に来た。
二人きりとまではいかないが外岡さんを独占できる歓び。
つられて笑顔になりそうなのを堪えクールぶり
「ん、じゃあまず俺がやるから見てて」
そう言って調理し、皿に盛る。
仕上げにドレッシングをかけて縁にはみ出した分を拭き取ったサラダ。
食花を散らしフルーツソースで店名を描いたデザート皿。
たんたんとこなし、外岡さんの前に並べる。
「こんな感じ」
ふんふんと頷いて感心している外岡さん。
「千鳥センスいいね」
誉められて気分あがる。
「バランスいいし、ドレッシングのかけ方一つ見てもすごいうまい」
「だろ?(笑)俺の盛り付けで残すやついないぜ?」
「うん、本当美味しそう」
「あ、そうだ、味見もしてって店長が言ってた」
「わーい、いただきます!」
サクッとフォークを入れて食べる外岡さん。
「おいしー」
よせよ照れるぜ。
誰が作っても旨いようにできてるんだけどさ。
「ほら、外岡さんの番」
「うん、やってみるね!」
あっけなくやり終えた外岡さん。そりゃ主婦だし、料理出来て当然だよな。
「上出来!このメニュー来週からだから忘れんなよ」
「うん!…あ!16時半前に終われた!ありがとう!千鳥が早く来てくれたおかげ!」
「おう、良かったな」
いそいそと片付けに入る外岡さん。
あがったらすぐ子供の迎えに行くんだろな。
「片付け俺やっとくから、あがっていいよ」
「えっ!もー本当に何から何まで申し訳ない!ありがとう」
両手を合わせて一礼して
「お礼したいんだけど、何がいいかな?」
俺に言った。
ねぇ気づかない?俺がこんなに優しくしてる理由。
「なんでもいいよ…」
本心じゃないから目を合うわせないようにして言った。
「千鳥欲しいものとかないの?」
「…あるけど高いよ?」
「無理ー(笑)手頃な物にして(笑)」
高いよ。だって俺の欲しいものは手の届かないとこにあるんだ。
外岡さんを見ると、決めてほしいって顔して見てる。
お礼かぁ……
うーん…
デートして?
名前で呼んで?
俺んち来て?
俺に触れて?
抱きしめさせて…!
なーーーーーんて。
言えないよ全部。
あーなんかお礼が拷問に感じる。
「私もう行かなきゃ」
その言葉に我に帰る。
いかん、トリップしてしまった。
「じゃあ…今度ご飯食べよ」
何か口から出た。
これが俺の精一杯みたい。
「え…」
少し悩んでから
「…わかった、調整して連絡するね!」
そう答えた外岡さんは足早にパントリーを出ていった。
俺の中心はとてつもなくバクバクしていた。
俺の精一杯はそれでも十分非常識だ。
人妻で子持ちの聖母が男と二人で食事なんて行けるわけないだろ。
なんて要求をしてしまったんだ俺は。このバカ。死ね。死ね。
でも聖母は応えた。
調整するねと。
即答で断ることも出来ただろうに。
なにこれなにこれ。
期待していいってことかな。
だって俺と二人きりになるチャンスを作ってくれるってことでしょ。
夫子置いて年下男と二人で会うなんて世間では最低な尻軽女だと言われるだろう。
けっ。上等だ。何とでも言え。
俺にとっては最高の女なんだ。
その夜メールが鳴った。
「土曜日は空いてるっけ?」
来た!お誘いだ!
俺は尻尾振って返す。
「昼はバイトです。17時以降なら空いてます。何時までも」
最後のいるか?
下心隠せよ。
「OK!じゃあ17時から白木屋でもいい?」
…………え?え?え?
夜?しかも酒飲むの?
いいの…?ねえいいの??!
なるようになっちゃっても知らないよ?!
「了解」
何も聞かずそう送信し終えた俺はかなり動揺していた。