千年の樹
ここは京都市・中京区。ひっそりとした民家の庭先で、その木を見上げていた。
私はこの木にまつわる伝説を、高校生の時の古典の授業で聞いたことがあった。
平安時代。まだこの地が都だった頃の話。
幼い男の子と女の子がいた。二人はとても仲良しで、毎日一緒に遊んでいた。
そして幼少の頃のある日、この場所に橘の苗を植えて、将来結婚することを誓った。
しかし、女の子は上級貴族の生まれで家から一歩も出ることが許されず、また男の子の家は下級貴族だったので、ずっと会うことが出来なかった。
それから20年間、男の子は女の子のことが忘れられず、毎晩この木の前で尺八を吹き続けていた。
そんなある日、男の子の前を一台の牛車が通り過ぎた。そこに乗っていたのはあの女の子だった。
二人は再会し、永遠の愛を誓った。
それ以来、この橘は幾度もの火災に見舞われながらも生き延びてきた。1100年もの間…
私はそばにあった二人のお墓を見つけると、しゃがんで手を合わせた。
(再会出来たのは偶然なんだろうか。それとも、祈りが叶ったのか?)
応えてくれるはずもない問いを二人に繰り返していると、後ろから声がした。
「すみません。毎朝新聞ですが、お写真を撮らせていただいてもよろしいでしょうか?」
私は振り返ってその人の顔を見ると、ドキッとした。
高校時代のサッカー部のチームメイト、中本哲だった。
私達はお互いのことが判ると、しばしの間打ち解けあった。
彼と私は選手とマネージャーという関係だった。
当時から仲が良く、部活後はグラウンドでいつまでも話していたし、サッカー漬けの毎日でもお互いのことを想い合っていた。
しかし、私達のサッカー部は全国屈指の強豪で恋愛禁止。選手とマネージャーとの関係なんてもってのほかだった。
ようやく部活が終わったのは、全国高校サッカーが終わった1月。でも、間もなく受験が始まるということもあり付き合うことなんて到底無理だった。
私は神奈川の大学、彼は関西の大学に進学した。最初はSkypeなどを使って話をしてた時期もあったけど、私の研究が忙しくなるにつれて話す機会は減っていった。
就職もして彼のことは完全に忘れていたので、いきなりの再会には驚いた。
彼のほうを見ると、あの時と同じ優しい笑顔をしていた。
「久々に会えて嬉しいよ…元気にしてた?」
「まぁまぁかな。哲はどうなの?新聞記者って大変でしょ?」
「いやぁ、まだ俺の部署は楽なほうだよ…そういえば、この橘の木には伝説があるって噂を聞いたんだけど、知らない?」
「伝説…かぁ…」
私は橘の木を見上げた。そこには青色がかった橘の実がついていた。
「知ーらない!」
私は彼の手を掴むと、民家を後にした。
「ねぇ、せっかく京都に来たんだからどこか案内してよ。」
「そうだな…この近くに美味しい抹茶パフェを食べれる店があるよ。」
「いいじゃん!行こうよ。」
私達は京都の街へと繰り出した。橘の樹の下では、二人の男女が微笑んでいた。