2-1 第2章:猫の手の、新しい一皿(半分この試作と、怪我のない一日)
畑と剣と、猫耳メイドの三年目
「剣も魔法も使えません。でも、種まきの順番なら決められます」
屋敷を失った日、私たちはまとめて異世界へ落ちました。
持っていたのは、エプロンと裁縫箱だけ。
剣も魔法も使えない二人が、辺境の開拓村でやったことは、
畑の種まきの順番を決めることと、毎日ごはんを作ることでした。
三年目の春。鐘を鳴らせば、正式な村人になります。
鳴らせば、もう二度と帰れません。
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2-1 第2章:猫の手の、新しい一皿(半分この試作と、怪我のない一日)
【内なる本心ログ(三年目の、いちばん静かな贅沢)】
(――願望の層。
ご主人様。昨日の鐘は、豆の話一番で逸らせました。
今日は食堂の日です。 村でただ一軒の『猫の手』。
私の願いは今日も同じ。 ご主人様に世界で一番愛されること……っ。)
(――本能の層。
……きょうは、におい。
向こうの世界では、視線ばかり数えていました。
こちらへ来てから、匂いを数えるようになりました。
土、薪、乾いた麻、それから――ご主人様の匂い。
この三年で一度も変わっていません。 畑仕事をしても、風呂に入っても。
……ふしぎです。世界が変わったのに、あの匂いだけ変わらないなんて。)
(――思考の層。
報告。新しい一皿の試作を本日実施します。
使用食材:豆、根菜、乾かした森の茸、塩、それから去年の麦。
懸案。先月の帳簿を見返したら、妙な並びがありました。
村の怪我人の記録。 月に三件から五件。 落下、鎌、獣。
ところが――怪我がゼロの日が、先月は六日ありました。
その六日が、何の日かを確かめます。)
(三つとも、私です。
今日はばらばらではありません。 三つとも、台所のほうを向いています。)
【1度目のサービスシーン:割烹着と、味見の指】
昼前。食堂『猫の手』の厨房。
ミミは前掛けを外し、白い割烹着に着替えていた。
この村で唯一、ミミがきちんとした服と呼ぶ一着。 継ぎは三箇所。
「ご主人様。今日の試作、見てくださいますか」
「見るだけでいいのか」
「いいえ。食べていただきます。見るのは、その前です」
ミミは袖の紐を結び直し、鍋のほうへ身体を向けた。
そして、背中を見せたまま――襟足を、片手でそっと持ち上げた(視線誘導)。
「暑いので、髪を上げます。……ここ、見えてしまいますけど」
うなじが、湯気の中に白く出た。
「……すまん」
「謝らなくていいです。見てもらうために上げました」
「正直だな」
「言霊のせいです……♪」
猫耳が、湯気の中でぴこぴこ揺れる。
この村では、誰も驚かない。 獣人の子どもは毎日、厨房を覗きに来る。
――ご主人様だけが、三年経っても、湯気ごしに見る。
ミミは木のさじで鍋の中身をすくい、まず自分の指に一滴落とした。
「……ん。少し、塩が足りません」
「味見なら、さじでいいだろう」
「さじだと、舌が慣れます。指のほうが、正直です」
ミミは指先を舐めて、少し考えてから、塩を三つまみ足した。
【2度目のサービスシーン:半分こと、抜けた疲れ】
「できました。……どうぞ」
木の椀。豆と根菜と森の茸の煮込み。 麦を少し溶かして、とろみをつけてある。
色は地味だった。この村の料理は、だいたい地味だ。
ご主人様が一口すすった。 そして、しばらく黙った。
「……ご主人様?」
「……疲れが、抜けた気がする」
「え」
「昨日の畑仕事の分が、いま、抜けた」
ミミは目を丸くした。
「そんな。ただの煮込みです。魔法ではありません」
「知ってる。でも、抜けた」
ミミは自分のぶんの椀を用意しかけて――途中で手を止めた。
(……あ)
(思考の層:先月、怪我がゼロだった六日。 その六日、私は何を食べましたか)
「ご主人様」
「ん」
「……これ、半分こ、しませんか」
「二人分あるだろう」
「あります。でも、同じ椀で食べたいんです」
ミミは椀を一つだけ卓に置き、ご主人様の隣に腰を下ろした。
三年前なら、立ったまま給仕して、自分は後で一人で食べていた。
「私、こっちへ来た最初の年、一度も一緒に食べませんでした」
「知ってる」
「メイドですから。……そう思っていました」
ミミはご主人様の腕に、そっと自分の腕を寄せた。
割烹着ごしに体温。 湯気と、豆の匂いと、変わらない匂い。
そして、耳元で"言葉に力を込める(言霊)"。
「ご主人様。……叱ってください」
「は?」
「三年間、私、勝手に給仕する側に回っていました。
誰にも頼まれていないのに。 向こうの世界の癖が抜けなくて。
……それ、たぶん、ご主人様には寂しかったですよね」
言霊は嘘をつけない。 だから、これも本心だった。
「だから、叱ってください。今更でも」
ご主人様の指が、ミミの首の『約束の首輪』に触れる。 鎖が、静かに引かれた。
「……叱らん」
「え」
「三年もかかったが、今日は座ったろう」
「……っ」
「それでいい」
ミミは椀を両手で持って、一口すすった。
――さっき指で味見したときより、ずっと美味しかった。
「……ご主人様。これ、私が作ったのに、今のほうが美味しいです」




