第八話「セルダの旗」
セルダの街に着いたのは翌日の午後だった。
ルートを変えたことで半日の遅れが出たが、クルトは何も言わなかった。昨夜の件を聞いて、蒼の判断を事後的に認めたのだろうと思った。
街の入口で馬車が止まった。検問だった。ただ普通の街の検問とは違い、兵士の装備が揃いすぎていて、旗の色も王都の守備隊のものではない。クルトが御者台から降りて先頭の兵士と話し始めた。蒼とリーナは荷台から様子を見ていた。
「あの旗、何ですか」と蒼が小声で聞いた。
「第一王子派」とリーナが答えた。声が一段低くなっていた。「王都の外にあんなに堂々と立てるのは初めて見た」
「第一王子派というのは?」
「王位継承の有力候補の一人よ。現国王はまだ健在だけど、年齢が高いから後継者問題が水面下でずっとくすぶってる」
クルトが検問を通り抜けて戻ってきた。顔の表情を意図的に消しているのがわかった。「問題はないです、通れます。ただ街の中では余計なことを口にしないように」と小さな声で言った。
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セルダは中規模の交易の街で、市場には物が溢れていたが、人々の表情が固かった。市場で買い物をしている人も道を歩いている人も、どこか視線を落として口を閉じている。
宿に荷物を置いて、蒼は一人で市場に出た。クルトには散歩と言ったが、実際には話しかけやすそうな人を探していた。野菜を売っている老婆に声をかけて、買い物客のふりをしながら兵士のことを聞いた。老婆は最初は警戒したが、蒼が転生者だとわかると少し表情を緩めた。
「五日前からだよ」と老婆は言った。「急に来て街に駐屯し始めた。害はないけど、居心地が悪くてね」
「何か理由は言っていましたか」
「魔物の被害が増えているから街道の安全を守るためだって。でも人数が多すぎる。百人以上いるよ、あの兵士」
魔物対策にしては多すぎる。そして蒼には、それが本当の理由ではないという感覚があった。宿に戻ってリーナに話すと、彼女が静かに言った。
「街道沿いの補給路を先に押さえておくという動き方ね。それって、クーデターの前準備じゃない」
その言葉が部屋に落ちて、しばらく沈黙が続いた。確証はない。ただ、否定もできなかった。
夕食の席でクルトに話すと、彼は食器を置いてから言った。「その可能性は、管理局でも議論されています」
「つまり、知っていた」
「把握はしていた。ただ確定的な情報がなかった」クルトが蒼を見た。「あなたは市場で一時間動いて、それだけの情報を集めてきた」
「たまたま話しやすい人がいただけです」
「そうは思いません」クルトが静かに言った。「あなたには、この世界の人間が見落とす視点がある」
蒼は何も答えなかった。褒められているという感覚より、自分が何かの計画に組み込まれつつあるという感覚の方が強かった。
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その夜、天井を見ながら蒼はすべてを整理した。クルトは最初から自分を目的のために動かそうとしている可能性が高い。それは認めた上で進もうと、アルガを出る前に決めていた。ただ、利用されることと、利用されながら自分の目的も果たすことは別だ。
焦る必要はない。まず王都に着いて、情報を集めて、それから判断すればいい。
蒼は目を閉じた。




