第七十六話「ゴードの来訪」
管理局の入口にゴードが立っていたとき、蒼は一瞬記憶を巻き戻した。
アルガで最初に目が覚めたとき、のぞき込んでいた顔。傷だらけの手。腰の剣。取り柄のない転生者に、嘘みたいに普通に接してくれた男だった。
「ゴードさん」と蒼は言った。
「よう」とゴードは短く言った。あの頃と変わらない、ぶっきらぼうな挨拶だった。「でかくなったな、お前」
「でかくはなっていないですが、強くはなりました」
「同じようなものだ」
────────────────────────
食堂で向かいに座って話を聞いた。ゴードは仕事でたまたま王都に来ていて、蒼が王都にいると聞いて顔を出したという。そういう人だった。気まぐれで、でも気にかけてくれている。
「王都で何をしているんだ」とゴードが聞いた。
「色々と」と蒼は言った。
「それ以外の答えを聞いたことがない」
「ごめんなさい。炉の問題に関わっていて、それが一段落したので、次の準備をしています」
「炉って、調律炉か」
「知っていますか」
「冒険者をやってると、耳に入る話がある。王都で何かあったというのも聞こえてきた」ゴードが蒼を見た。「お前が関わっていたのか」
「関わっていました」
「そうか」ゴードが少し間を置いた。「最初に会ったとき、魔法の文献を見たいと言っていたな。あの頃から何かを調べていたのか」
「まだ何もわかっていなかったですが、動き始めていたのかもしれません」
────────────────────────
「一つ聞いていいか」とゴードが言った。
「どうぞ」
「後悔しているか、転生してきたことを」
予想外の問いかけだった。蒼はしばらく考えた。転生を後悔しているか。前の世界では何もなかった。勉強だけできる、取り柄のない大学院志望の学生だった。やり残したことも、待っている人もなかった。
「後悔はないです」と蒼は答えた。「こっちに来て、やることが見つかったので」
「やること、か」ゴードが短く笑った。「いい答えだ」
「ゴードさんはなんで聞いたんですか」
「転生者を今まで何人か見てきたが、前の世界を引きずっている奴が多い。お前はそういう感じがしないから、何か違うのかと思って」
「前の世界の記憶はありますが」と蒼は言った。「今ここに必要なことがあるので、引きずる余裕がないというのが正直なところかもしれません」
「それが一番いい転生の仕方だ」とゴードは言った。そしてさらりと言った。「俺も転生者だから、その感覚はわかる」
────────────────────────
蒼は少し驚いたが、顔には出さなかった。
「そうだったんですか」
「二十年前に来た。最初はしんどかったが、今は後悔していない。だから聞いてみたかった。若い転生者はどうかと」ゴードが立ち上がった。「仕事があるから行くが、また縁があれば会おう」
「ありがとうございます」と蒼は言った。「最初に助けてもらったこと、まだ礼を言えていなかったです」
「言わなくていい」ゴードが扉に向かって歩きながら言った。「その分、次に助けが必要な奴を助けてやれ」
それだけ言って、ゴードは出ていった。
蒼はしばらくその後ろ姿を見てから、静かに頷いた。そういう生き方が、どういう場所に辿り着くかを、ゴードの背中が教えてくれている気がした。




