第七話「街道の夜」
馬車は朝に出発した。
御者はクルトが手配した初老の男で、無口だったが手綱の扱いが上手く、石畳の多い街道でも揺れが少なかった。荷台に蒼とリーナが乗り、クルトが御者台の横に座って周囲を見渡している。街を出て一時間もすると、建物が消えて両側に森が広がり始めた。
「街道沿いの魔物の出没が増えています」とクルトが荷台に向かって言った。「アルガだけでなく、この一帯全体で同じ現象が起きている。王都に向かう途中の街からも報告が上がっていました」
「魔脈の乱れと関係があるんですか」と蒼が聞いた。
「おそらく。ただ、魔脈がどこでどう乱れているのか、まだ特定できていません。観測地点が少なすぎる」
「観測はどうやってするんですか」
「特殊な魔道具を地面に埋めて魔力の流れを計測します。ただ維持に費用がかかるので、主要な街の近くにしか置けていない」
蒼はその情報を整理した。観測地点が限られているということは、乱れの震源地を特定するのに時間がかかる。逆に言えば、震源地を絞り込めれば魔物の出没範囲も予測できるはずだ。
「観測地点のデータを見せてもらえますか」
「王都に着いたら手配します」とクルトが答えた。
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昼過ぎに休憩を取り、夕暮れ前に街道沿いの野営地に入った。石造りの柵と小さな小屋があるだけの簡易な場所で、先客が二組いた。商人の一団と、武装した旅人が数名だ。
夕食を終えて、蒼は焚き火の前でクルトから借りた地図を広げた。魔物の出没報告があった地点に印をつけていくと、ある傾向が見えてきた。バラバラに見えるその点たちが、実は一つの弧を形成している。
「リーナさん、ちょっといいですか」
リーナが移動してきて地図を覗き込んだ。蒼は三点を指で示した。「この出没地点を結ぶと弧になります。弧の内側に震源地がある可能性が高くて、だとすると明日通る街道のここが、弧の一番内側に近い」
リーナが地図を見て黙って考えた。「クルト」と彼女が声を上げた。「明日のルートを変えられる?」
「変えると半日遅れる」とクルトが言った。
「変えた方がいいと思います」と蒼が言った。「確証はないですが、半日と命のどちらが重いかを考えると、私は半日の方を取ります」
クルトがしばらく地図を見て、やがて小さく息を吐いた。「わかりました」
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真夜中近くに、物音で目が覚めた。
焚き火は小さくなっていて、見張りのリーナの姿が見えない。柵の向こうから低い唸り声が複数聞こえていた。外に出ると、リーナが柵の前に立って剣を抜いていた。月明かりの中に、四本足の影が複数見える。狼に似ているが肩の高さが倍あって、目が緑色に光っていた。
「何匹いますか」と蒼が小声で言った。
「見えているのが七。茂みの中にも気配がある。合わせて十以上」
「柵は?」
「あの爪なら、三回引っ掻けば折れる」
他の宿泊者も起きてきた。商人たちが小屋に逃げ込み、武装した旅人が三名剣を抜いてリーナの横に並んだ。蒼は柵と魔物と、周囲の地形を素早く確認した。野営地の北側に小さな崖があって、そこに草木が密集している。魔物は全員、南側から来ていた。
「石を集めてください」と蒼は旅人の一人に言った。「握りこぶし大の石を五つ、急いで」
旅人は一瞬戸惑ったが、蒼の目を見て動いた。蒼は集めた石を北側の崖の茂みに向けて全力で投げた。一つ、二つ、三つと石が茂みに飛び込んで、乾いた音を立てる。
群れが一斉に北に顔を向けた。
「今です」
リーナが柵を飛び越えた。一瞬で群れの先頭に踏み込んで、二匹を続けて斬り伏せる。混乱した群れに旅人たちが続いて、全部が逃げるまで五分もかからなかった。
戦闘が終わって、リーナが蒼に歩み寄った。
「石投げで注意を引くって、咄嗟に思いついたの?」
「崖と草むらが使えると思いました。それだけです」
リーナがしばらく蒼を見た。それから短く言った。
「戦えないわけじゃないのね、あなた」
蒼は笑わなかった。ただ、少しだけ前に進めた気がした。それで十分だった。




