第六十九話「記録を残すこと」
エムの提案は、蒼には意外だった。
「報告書を作るんですか」
「記録することが大事だと思います」とエムは言った。「私たちが集めた情報は、今は蒼さんの頭の中とそれぞれの記憶の中にある。でも七年後に向けて、それを整理して文書に残しておかないと、何かあったときに繋がらなくなる可能性があります」
「確かにそうですね」
「管理局の資料、廃村の日誌、石板の内容、炉との対話で聞いたこと、ヨルダさんとセンさんから聞いたこと、ライゼル殿下が解読した文書。これらを一つの流れとして整理した文書を作りたい」
蒼はその提案の価値をすぐに理解した。自分が持っている情報を体系化することは、自分自身の理解を深めることにもなる。そして文書にすることで、後から参加する人間にも共有できる。
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三日間かけて、全員で文書作りに取り組んだ。
蒼が構成を考えて、エムが内容を整理して、クルトが管理局の形式に合わせて清書した。リーナは文章のわかりにくい部分を指摘する役だった。
「ここ、わかりにくいです」とリーナが何度も言った。
「どこが」
「これ全部」
「全部は困ります」
それでも三日かけて、一つの文書が完成した。題名は「調律炉に関する歴史的考察と今後の課題」という地味なものになったが、内容は蒼が把握している全てを盛り込んでいた。
ガーレン局長に提出すると、局長は全部読んで言った。「これを管理局の正式文書として保管します。ただし、機密扱いにする必要があります」
「それで構いません。大事なのは残ることです」
ライゼルにも写しを渡した。殿下は最初のページから夢中で読み始めて、途中で蒼への礼を言うのを忘れていた。翌日に「すごいものを作ってくれた」と言いに来たので、結局伝わっていた。
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文書作りが終わった夜、蒼は久しぶりに宿の窓から夜空を見た。
王都に戻ってきてから三週間が経っていた。その間に、ランクが上がって、各方面との関係が構築されて、文書が完成した。七年後に向けた基盤が、少しずつ固まっていた。
ただ一つ、まだ直接解決できていない問題があった。
百年前の改修を主導した人物で、今も生きているという存在だ。センからそれを聞いてから、その人物が誰なのかが頭に引っかかっていた。ヴァーン老人は知っているかもしれないが、直接聞く機会がまだなかった。
翌日、建国神殿の地下区画に向かった。
ヴァーン老人は魔法陣から離れた場所に座っていた。装置との接続を解いた今、老人はずいぶん穏やかに見えた。
「来るだろうと思っていた」とヴァーンは言った。
「百年前の改修を主導した人物について、知っていますか」と蒼は聞いた。
老人が少し間を置いた。「知っています。名前は、ガロウ・ルドーリン。当時の星読み神殿の高僧で、炉の解放を計画した人物です」
「今も生きているということですか」
「生きています。炉の力を少しずつ吸収し続けて、老いを止めてきた。今は王都の中に潜んでいます。私も場所まではわかりませんが」




