第六十四話「殿下の解読」
ライゼルの研究室は相変わらず本が山積みだった。
扉を開けると、殿下は机に向かって何かを書き写していた。古い羊皮紙と現代語のノートが並んでいて、羊皮紙の方はところどころ文字が掠れていた。蒼が入ってきても気づかなかった。
「殿下」と声をかけると、ライゼルが顔を上げた。
「ああ、蒼か。今いいところだ、少し待ってくれ」
蒼は待った。ライゼルが文字を書き写して、一つ頷いてから振り返った。
「古代語の文書を解読していたんですか」と蒼は言った。
「そうだ。北部から戻ったと聞いて、あなたたちが見つけた廃村の情報を参考にしていた。それで一つ気づいたことがある」ライゼルが書き写したノートを指した。「この文書、ラーデンの一族が書いたものだと思う」
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文書は王都の古い記録保管所に眠っていたもので、ライゼルが独自に収集していた資料の中の一つだという。内容は蒼が廃村で見つけた日誌と同じ時代のもので、炉の材料を巡る話が書かれていた。しかし違う点があった。
「炉の材料だけでなく、封じられた存在についての記述があります」とライゼルは言った。「当時の言語で書かれていて、一部は私では読めなかったんですが、あなたなら読めますか」
蒼は文書を手に取った。《知識蓄積》が反応した。読める。ゆっくりと目を動かしながら、意味を声に出した。
「封じられた存在は意識を持っている。怒っているのではなく、待っている。何かを伝えようとしているが、炉の封印がその言葉を遮断している。設計者は言っていた。いつか炉を作った者と同じ性質を持つ者が来て、封印越しではなく直接話を聞けば、この世界の本当の歴史がわかると」
ライゼルが息を飲んだ。「封印された存在が、意思疎通しようとしているということですか」
「そう書いてあります」
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封じられた存在と直接対話する、というのは、七年後の調整でセンから聞いていた話だった。ただその意味が、今少し変わった気がした。調整の必要性から来る対話ではなく、その存在が自分から伝えたいことがある。
「これは重要な情報です」と蒼は言った。「七年後の調整で、封印された存在と対話しなければならない理由が、もう一つ加わりました」
「七年後に何があるんですか」
蒼はセンから聞いた話を、ライゼルに説明した。殿下は話を聞きながらノートにメモを取り続けていた。古代史の研究者の顔だった。
「面白い」とライゼルがつぶやいた。
「面白い場合ですか」
「学術的に面白いという意味です。すみません、職業病です」殿下が少し苦笑した。「七年後に向けて、私にできることは何ですか」
「消された歴史の記録を集めて、解読してください。封じられた存在が何者かを理解するためには、建国以前の歴史を正確に知る必要があります。殿下の研究が一番の近道だと思います」
「任せてください」ライゼルが目を輝かせた。「久しぶりに、本業が役立てる」




