第六十一話「ラーデンの記憶」
王都に戻った翌日の朝、蒼は一人で王城に向かった。
リーナが同行しようとしたが、今回だけは断った。ヨルダが話したいことの核心が自分の転生に関係するかもしれないと、センから聞いた話の端々で感じていた。そういう話は、まず一人で聞いた方がいいと思った。
王城の入口でライゼルの名前を出すと、すぐに通してもらえた。第一王子派の軍が引いてから、殿下の王城での立場は微妙になっていたが、蒼との関係だけは変わっていなかった。廊下を歩きながら、石造りの壁が冷たい空気を保っているのを感じた。
ヨルダの部屋の前に着いて、扉を叩いた。
「開いています」という声がした。
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ヨルダは椅子に座って窓の外を見ていた。蒼が入ると、ゆっくり振り向いた。前に会ったときと変わらない鋭い目だったが、今日は少し疲れているように見えた。
「セン から聞きましたね」と老侍女は言った。
「聞きました。七年後の調整のことも、百年前の改修を主導した人物が今も生きているということも」
「座りなさい」
蒼は向かいの椅子に座った。ヨルダがしばらく窓の外を見てから、話し始めた。
「ラーデンの一族は、炉の観測を代々担ってきました。観測というのは、炉の状態だけでなく、封じられた存在の状態も含まれます。私は五十年間、毎日その観測をしてきた」
「封じられた存在の状態は、今どうですか」
「安定しています。ただし、炉の逆転が進んでいた期間に、存在が少し目覚めかけていました。今は戻っていますが、次の調整までに再び揺れが来る可能性が高い」
「七年という期間は、その揺れのタイミングから計算されたものですか」
「そうです」ヨルダが蒼を見た。「あなたに話したかったのは、炉の設計者が残した最後のメッセージのことです」
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ラーデンの一族は、炉の設計者から直接伝言を受け取ったという。それは口伝で代々引き継がれてきたもので、文書には残されていなかった。文書にすると、見つかったときに消される可能性があったからだ。
「設計者は炉を作ったとき、一つの予言を残しました」とヨルダは言った。「いつか炉が危機に瀕したとき、外の世界から来た者が炉の声を聞く。その者が来るまで炉は待ち続ける、という言葉です」
「それが《知識蓄積》のことですか」
「そうです。設計者は炉に、特定の性質を持つ魂が現れたとき、そのスキルが届くよう仕掛けを作っていました」
「特定の性質とは」
ヨルダが少し間を置いた。「諦めの悪さ、と設計者は言ったそうです。どれだけ追い詰められても前に進もうとする性質を持つ者に、スキルが届くように」
蒼は少しの間、その言葉を頭の中に置いた。諦めの悪さ。転生する前の自分に、それがあったかどうかはわからない。ただ転生してから、何度も諦めそうになって、それでも諦めなかったことは確かだった。
「設計者は何者だったんですか」と蒼は聞いた。
「名前は残っていません。ただ、ラーデンの一族に伝わる言葉では、設計者は外の世界から来た存在だったとされています」
蒼は手が止まりそうになった。「外の世界というのは」
「あなたが来た世界と同じかどうかはわかりません。ただ、この世界の人間ではなかったという記録が残っています」
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部屋を出たとき、廊下の空気が冷たかった。
炉の設計者が外の世界から来た存在だった可能性がある。そして炉は、設計者と同じ外の世界から来た者に向けてスキルを届けた。それが偶然かどうかは、まだわからない。
ただ一つだけ確かなことがあった。
蒼がこの世界に転生したのは、炉を作った誰かの意志と無関係ではないかもしれない。
それは怖い考えだったが、不思議と嫌ではなかった。誰かが百年以上かけて待っていた。その待ち人に自分がなった。それなら、できる限りのことをしようと思えた。
城門を出たとき、リーナが外で待っていた。
「一人で行くって言ったのに」と蒼は言った。
「待ってるだけなら邪魔じゃないので」とリーナは言った。「どうだった」
蒼は少し考えてから、全部話した。リーナは黙って聞いていた。話し終えると、彼女は少しの間空を見て言った。
「転生する前のあなたは、諦めが悪かったの」
「どうだったかな。前の世界では、あんまり諦めたり頑張ったりする場面がなかったので、わかりません」
「じゃあ転生してから諦めが悪くなったんですね」
「そう言えるかもしれません」
「何があったんだろう」とリーナが言った。蒼に聞いているのではなく、独り言のようだった。「転生してから変わったか、それとも転生前からそうだったのか」
蒼は答えなかった。わからなかったから。ただ、諦めが悪い人間に届いたスキルを今自分が持っているのは事実で、それを使い切るつもりだということだけははっきりしていた。




