第六話「出発前夜」
王都への出発は三日後に決まった。
待つ間、蒼は毎日ギルドの仕事をこなした。荷物運びと薬草採取を続けながら、借りた金をリーナに返し、道中の食料を少しずつ買い揃えていった。肋骨はまだ完全には治っていなかったが、出発までには動けるようになるだろうという医者の見立てだった。
出発前夜、最後の報酬を受け取ってギルドを出ようとしたとき、声をかけられた。
「おい、Gランク」
ハルクだった。数日前に絡んできたDランクの男で、今日は仲間を連れていなかった。その分だけ、目に余裕がなかった。
「明日出発するんだってな、王都に。クルト・アーヴィンスに引き抜かれたと聞いた」
「そうです」
「Gランクが管理局の仕事をするなんて、聞いたことがない」
「おかしいかどうかはわかりませんが、声をかけてもらったのは本当です」と蒼は答えた。
「なんで嬉しそうな顔をしないんだ」とハルクが言った。
確かに自分は喜んでいるようには見えないかもしれない。王都に行くことへの期待はある。ただそれより、自分の実力がまだ足りていないという現実の方が重く頭を占めていた。
「喜ぶ余裕がないので」と蒼は正直に答えた。
ハルクが何か言おうとしたとき、ギルドの奥から怒鳴り声が聞こえた。
────────────────────────
奥のテーブルで、旅人風の中年の男と若い冒険者が向き合っていた。若い冒険者のギルドカードがテーブルに置かれていて、その顔は青白くなっていた。
「決闘を申し込む」と旅人風の男が低い声で言った。「ギルドカードを賭けて戦え。負けたら引退しろ」
冒険者ギルドには決闘の慣習がある、とリーナから聞いていた。一定の手続きを踏めば正式な決闘が認められ、賭けの対象は金品からランク、時には冒険者としての資格まで含まれる。
若い冒険者は断れなかった。断れば侮辱を認めたことになり、それはそれで冒険者として生きていけなくなる。
決闘は中庭で始まり、三十秒もかからず終わった。旅人風の男は強く、若い冒険者の攻撃を最小限の動作で全部いなして地面に転がした。倒れた冒険者からギルドカードを取り上げて、何も言わずに去っていった。
仲間が駆け寄って肩を貸す場面を、蒼は黙って見ていた。強さと暴力は紙一重で、その紙一重を分けるのは強さを持つ者が何のために使うかだと思った。
「何か言いたそうな顔してるな」とハルクが戻ってきて、蒼の横に立った。
「強いことと正しいことは違うと思うので」と蒼は言った。
ハルクがしばらく何も言わなかった。蒼もそれ以上は言わなかった。二人で中庭を見たまま、黙って立っていた。
「……王都でもそういう顔しとけよ」やがてハルクが言った。「あっちの方が、よっぽど物騒だ」
「忠告、ありがとうございます」
ハルクが鼻を鳴らして、それきり何も言わずに去っていった。蒼は空を見上げた。明日から始まる道のりのことを考えながら、星の多い夜空をしばらく眺めた。怖いか、と自問した。怖い、と正直に答えた。それでも足は前に向いていた。




