第四十九話「殿下の研究室」
ライゼルの研究室は、王城の一角にある小部屋だった。
本が天井まで積まれていて、机の上に地図と写本と羊皮紙が重なっている。王子の部屋とは思えないほど雑然としていて、逆に言えばこの人物がどこで一番時間を過ごしているかが一目でわかった。
「消された記録のうち、一つだけ痕跡が見つかりました」とライゼルは蒼を椅子に座らせながら言った。「北部の山岳地帯に、百三十年前まで存在していた集落の記録です。ヴァルク村と同じ時代に消えています」
「その集落に、何があったんですか」
「調律炉の材料を産出していた鉱山が近くにあった。炉の建設に関わった可能性があります」
「そこも消されたということは、炉に関わるものを全て隠そうとした、ということですか」
「そう思います。ただし、動機がまだわからない」ライゼルが机の上の写本を指した。「消した者の記録は残っていない。消した側が意図的に自分たちの痕跡を残さなかった」
────────────────────────
蒼は写本を手に取った。《知識蓄積》が弱く反応した。この写本自体は普通の文章で書かれていたが、紙の質が古かった。
「この写本はいつ頃のものですか」
「百二十年前の写しです。原本はさらに古い」
「誰が書いたか記録はありますか」
「そこが不明です。ただ、書体の癖が」ライゼルが写本を見た。「管理局の文書で見た書き方と似ています。当時の管理局の誰かが写した可能性がある」
「アーヴィンスの関係者かもしれない」
「そう思っています。管理局の創設期、アーヴィンスという名前を持つ人物が記録員として働いていた記録があります。その人物が、消される前に記録を写して残したのかもしれない」
蒼は頭の中で線を引いた。百年前の改修に関わった人物たちが、それぞれの方法で記録を残していた。オルティスは炉に文字を刻んだ。アーヴィンスの関係者は写本を残した。ヴァルク村は記録を一族の中で口伝で伝えた。そして炉自体が、村の記憶を内部に持っていた。
消そうとした者がいて、残そうとした者がいた。百年をかけて、それが今に届いた。
────────────────────────
研究室を出るとき、ライゼルが蒼を呼び止めた。
「一つ聞いていいですか」と殿下は言った。
「どうぞ」
「マルクスを、どうするつもりですか」
蒼は少し考えた。マルクスは管理局に拘束されている。彼が百年前から続いた計画を実行しようとしたことは事実だったが、その動機の根には、ヴァルク村と同じ、消された歴史への怒りがあった可能性もある。
「それは俺が決めることではないと思います」と蒼は言った。「管理局と王家が判断することです。ただ、マルクスが動いた理由を、ちゃんと聞いてほしいです」
「理由を聞くことと、罰することは別ですが」
「それでも、理由を知った上での判断と、知らない判断では違うと思うので」
ライゼルが少し沈黙した。それから頷いた。「わかりました。私からも話しに行きます」




