第四十五話「消された歴史の影」
第一王子派の軍が引き返し始めたとき、王都の城壁の上にいた守備隊から安堵の声が上がった。
蒼はその声を聞きながら、馬車から降りてきたライゼルの横に並んだ。殿下は馬車の外に出て北の方向を見ていた。軍が遠ざかっていく方向だった。
「殿下、先ほどの言葉が気になりました」と蒼は言った。
「どの言葉か」
「ヴァルク村以外にも、消された記録があるということですか」
ライゼルが蒼を見た。「古代史の研究をしていると、記録の断絶が複数の場所で見られる。特定の時代だけ、特定の地域の記録が全て消えている。ヴァルク村はその中の一つに過ぎない」
「それはいつ頃の時代ですか」
「百二十年前から百五十年前の間が特に多い。炉の改修より少し前の時代だ」
蒼は頭の中で整理した。調律炉の改修が百年前。その前後二十年から五十年の間に、複数の記録が消えている。偶然ではない。何か大きな動きが、その時代にあった可能性がある。
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管理局に戻ると、ガーレン局長がライゼルを迎えた。二人は過去に面識があるらしく、短い挨拶を交わした。蒼はその間に、エムとカインに今朝の話を伝えた。
「消された記録が複数ある」というエムの反応は、予想より落ち着いていた。
「知っていました」とエムは言った。「ヴァルク村だけが消されたのではないという話は、代々伝わっていました。ただ、他にどこが消されたのかまでは知らなかった」
「調べる価値があります」と蒼は言った。「ただ、今すぐではなくて良いと思います。まず今の状況を落ち着かせることが先です」
「そうですね」
エムが少し間を置いてから蒼を見た。「一つ聞いていいですか。昨夜、炉の対話が終わったあと、スキルについて何か聞いた?」
「炉が《知識蓄積》を世界に流していたと言っていました。必要な人間に届いたと」
「それを聞いて、どう思いましたか」
「選ばれた理由がようやくわかった気がしました。ただ、選ばれたから特別というよりは」蒼は少し考えてから言った。「必要だったから来た、という感じがしました。誰かがやらなければならなかった仕事に、たまたま俺が届いた」
エムがしばらく蒼を見た。
「あなたは」とエムは静かに言った。「自分のことを、英雄だと思っていないんですね」
「思っていません。ただ、諦めが悪いだけです」




