第四話「Sランクの重さ
街の東門は封鎖されていたが、南の搬入口は荷物運びで何度も使っていたので顔を知られていた。薬草採取の確認をしたいと告げると、門番は少し迷ってから通してくれた。嘘はついていない。確認しに行くのは本当だった。ただ確認したいのが薬草ではなかったというだけだ。
森に入ると、音が消えた。
鳥が鳴いていない。虫の声もない。生き物の気配が全部どこかに逃げてしまったような静寂が広がっていて、それが余計に不安を煽った。蒼は木々の間を慎重に進みながら、踏み出す足の位置を丁寧に選んだ。枯れ葉の少ない場所を選んで、できるだけ音を立てないように歩く。荷物運びで鍛えた足腰が、こんな場面で役立つとは思っていなかった。
南側の薄い林を抜けると、地形が変わった。木々が減って岩が増え、地面が緩やかに下り始める。そして遠くから、地面を踏み鳴らす重い音と、魔法の爆発音が混ざり合って聞こえてきた。
岩陰に身を潜めながらゆっくりと近づいて、窪地の中心が見えたとき、蒼は息を飲んだ。
魔物は、想像よりずっと大きかった。体長は十メートルを超え、全身が黒い鱗に覆われていて、四本の脚のそれぞれが大木ほどの太さがある。頭部の二本の角の先端から黒い霧が漏れていて、尾を一振りするたびに岩が砕け、周囲の木々が根元から倒れていた。
岩場の上に、人影が見えた。リーナだった。他に三人の冒険者がいて、全員が疲弊しながら防御魔法を展開していたが、魔物の一撃のたびにその壁がたわんでいた。
ここで蒼は、初めてわかったことがある。強者の恐怖というのは、こういうものだ。あの魔物を見ているだけで、体が動かなくなりそうになる。殺されるという予感が、考えるより先に体に伝わってくる。
それでも、足は動いた。
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蒼は地形を素早く観察した。南側の岩場は高さがあり、所々に亀裂が入っている。採取の仕事でこの手の岩質を見たことがあった。表面は固そうに見えるが、内部が空洞になっていることが多い構造だ。魔物の尾が当たるたびに南側の岩壁から細かい砂が落ちていて、それが確信を強めた。
岩陰から出て、大きく息を吸った。
「おい!」
叫んだ瞬間、世界が変わった気がした。魔物がゆっくりと振り向いて、赤く光る目が蒼を捉えた。獣の本能ではなく、知性を持つ何かの目だと直感した。ぞわりと背中を悪寒が走ったが、蒼は足を動かさなかった。
岩場の上でリーナが蒼を見て、顔色が変わった。「蒼! 何してるの、逃げて!」
「南の岩壁を壊してください!」蒼は叫んだ。「空洞になってます、崩れます!」
リーナが一瞬固まり、岩壁を見て、何かを理解したように目を細めた。剣に魔力を込め始める。
その間、魔物は蒼に向かって踏み出していた。地面が揺れるほどの重さで、一歩ごとに岩が割れていく。蒼は走った。肋骨が悲鳴を上げたが、聞こえないふりをして全力で駆けた。全身が熱くなる感覚が来た。
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《限界突破》発動
速度:F+ → E−
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たったそれだけで、体が明らかに変わった。足が地面を蹴る力が違う。蒼は魔物の脚をすり抜けて、岩場の反対側に転がり込んだ。その直後、リーナの剣が南の岩壁を貫いた。轟音とともに岩壁が崩れ、土砂が魔物の退路を塞ぐ。振り向いた魔物に向かって残る冒険者たちが一斉に魔法を解き放ち、包囲が崩れた。
「撤退!」とリーナが叫んで、全員が南側の隙間に向かって走った。
森を抜けて街に向かって走り続ける中、リーナが蒼の横に並んだ。
「なんで来たの」
「来ない選択肢を考えてみたんですが、どうしても無理でした」
「怪我人がすることじゃない」
「わかってます。でも、あのまま街で待ってたら一生後悔してた気がして」
リーナがしばらく黙ったあと、前を向いたまま小さな声で言った。
「ありがとう」
蒼は何も言わなかった。ただ、胸の奥に温かいものが広がっていくのを感じながら、折れた肋骨の痛みを笑って無視した。




