第三十七話「限界の向こう」
マルクスが手を上げた。
魔力が収束する感覚が空気越しに伝わってきた。蒼は炉に触れたまま動かなかった。エムとアリエルが炉の介入を続けている。ここで手を離せば、全部が崩れる。
「《螺旋滅火》」
マルクスの呟きと同時に、圧縮された魔力の塊が蒼の背中に叩きつけられた。
視界が白くなった。
体が炉から引き剥がされそうになった。それでも指を、手のひらを、炉の表面に押しつけた。歯を食いしばって、膝をつきながら、手だけは離さなかった。
全身が焼けるように痛かった。
そんなの、今さら関係ない。俺はずっとそうやって来た。殴られるたびに強くなる。それが俺の戦い方だ。
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《限界突破》 臨界突破・第二段階
全能力値 大幅上昇
体力:D− → C
筋力:E → D−
速度:D− → C−
特殊発動:《絶域解放》
全魔力抵抗:一時的強化
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何かが砕ける感覚があった。
痛みは消えなかった。ただ、体の奥から熱が噴き出してくる感覚があった。今まで感じたことのない熱だった。腕に力が戻って、炉への接触が安定した。
「なぜ立っていられる」とマルクスが言った。
「俺のスキルは」と蒼は言った。「死にそうになるほど強くなるので」
蒼は振り返った。マルクスと目が合った。
マルクスの目に、初めて動揺が見えた。
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「炉」と蒼は意識の中で呼びかけた。「俺の力を注ぎ込む方法を教えてください」
「炉の表面に、両手を当てて、何も考えるな。守りたいという気持ちだけを持て」
蒼は振り返るのをやめた。マルクスのことを、今は考えない。エムとアリエルのことを、リーナのことを、カインのことを、ヴァーン老人のことを、アルガの街で助けてくれたゴードのことを、火事を消した村の老人のことを、この王都で普通に生きている人たちのことを、全部考えた。
守りたい。それだけだった。
両手を炉に当てた瞬間、全身に電流のようなものが走った。
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《知識蓄積》 炉との完全接続
《炉・封印再起動》プロセス開始
干渉源遮断まで:60秒
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「面白い」とマルクスが言った。
魔力が再び収束し始めた。今度は一発ではなく、連続で放つつもりだとわかった。《絶域解放》の抵抗強化がどれだけ持つかわからない。
そのとき、階段の上から音がした。
重い足音が複数。そして声がした。
「遅くなりました」
リーナだった。




