第三十六話「炉の地下で」
夕方の王都は、人通りが多かった。
蒼はその中を歩きながら、今日の夜が終わったときに自分がどうなっているかを、あまり考えないようにした。考えると怖くなる。怖くなると足が止まる。足が止まると何も変わらない。
炉の地下に全員が集まったのは、日が沈んで間もない頃だった。
松明をつけて中に入ると、炉の光がいつもより強かった。こちらを待っていたような輝き方だった。エムとアリエルが炉の前に立った。
「始めます」とエムが言った。
エムが右手を炉に当てて、目を閉じた。次にアリエルが左手を当てた。二人の体の周囲に、薄い光の膜が広がった。
炉が強く輝いた。
────────────────────────
《炉・共鳴反応》
外部素養との接続確認
逆転進行速度 低下開始
────────────────────────
ステータス画面ではなく、炉から直接流れ込んできた感覚だった。逆転が遅くなっている。エムとアリエルの介入が機能している。
そのとき、地上から音がした。
重い足音と、魔法が炸裂する音が混じっている。リーナとカインが戦っている音だと、すぐにわかった。
「来ました」と蒼は言った。
「集中してください」とエムが目を閉じたまま言った。「炉との対話を始めて。私たちは続けます」
蒼は炉の前に立った。深く息を吸って、意識を向けた。
「話せますか」
炉が答えた。「今は難しい状態だが、聞こえる」
「封印を維持してほしい。逆転を止めてほしい」
「わかっている。だが外部からの干渉が続いている。建国神殿の方から来ている干渉が止まらない限り、完全には止められない」
「ヴァーンさんが抑えています。もう少し時間をください」
「時間は限られている。もう一つ必要なものがある」
「何ですか」
炉が少し間を置いてから言った。
「お前自身の力を、炉に注ぎ込め」
────────────────────────
階段を降りてくる音がした。
重い足音が一つ、二つと階段を踏んで、地下に入ってきた。松明の光の中に、マルクスが現れた。後ろに三人の男を連れていた。
「間に合わなかったようですね」とマルクスが言った。
蒼は振り向かなかった。炉に向き合ったまま言った。
「リーナさんとカインさんを傷つけましたか」
「倒れてもらいました。死んではいない」
「わかりました」
「天宮蒼。もうやめてください。あなたが炉に力を注いだとして、それで何ができますか。この計画は百年かけて積み上げてきたものです。あなた一人が来て、一日で覆せるものではない」
蒼はその言葉を聞いた。百年、という言葉が重かった。確かにそうかもしれない。
それでも蒼は炉から手を離さなかった。
「百年、積み上げてきたとしても」と蒼は言った。「止めることが正しいなら、止めます」




