第三十一話「村の記憶」
七日後の朝、蒼は一人で炉の地下に降りた。
クルトが同行しようとしたが、今回は断った。炉が話しかけてくる可能性があること、そのためには集中が必要なことを説明すると、クルトは渋い顔をしながらも地下の入口で待つことにしてくれた。
階段を降りると、地下の空気がいつもより重く感じた。炉の光が揺れていた。近づくと、表面の古い文字が強く輝いた。
蒼は炉の前に立って、意識を集中させた。前回と同じように、頭の中で語りかけた。
「来ました」
「早い」と炉が答えた。「思ったより早く来た」
「残り十一日しかありません」
「そうか。では話そう」
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炉が語り始めたとき、言葉だけでなく映像のようなものが流れ込んできた。
村だった。
緑の丘に囲まれた小さな村で、石造りの家が並んでいて、広場に井戸がある。子供が走り回っていて、老人が日向で座っている。ごく普通の、穏やかな村だった。それがヴァルク村だと、蒼は直感でわかった。
映像が変わった。夜になっていた。村の外から松明の列が近づいていた。軍の装備をした男たちで、その数は村人よりずっと多かった。
そして、燃えた。
蒼は映像を見ながら、体の奥が重くなる感覚があった。これは歴史の記録だ。百二十年前に実際に起きたことだ。
「なぜ炉がこの記憶を持っているんですか」と蒼は聞いた。
「この炉はヴァルク村の人々が作った。彼らの記憶が炉の中にある」
「村が消えた理由は」
「炉の真実を知っていたから。調律炉が何かを封じているということ、その封じられた存在が何かということ。それを知っている人間が邪魔だった」
「封じられている存在は何ですか」
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炉が少し沈黙した。光が一度強くなってから落ち着いた。
「封じられているのは、この世界の創造の痕跡です」
「創造の、痕跡」
「この世界は自然にできたのではない。誰かが作った。その作り手がいなくなるとき、世界を維持するための力を炉の下に封じた。その力は定期的に解放して調整しなければ、時間とともに世界の構造を歪める」
「だから調律炉は封じるだけでなく、解くためにもある」
「そうだ。百年に一度、封印を一時的に開いて調整する。それが本来の炉の役割だ。しかし百年前の改修は、その調整を永久に停止させて、力を一気に解放するための準備だった」
「力を一気に解放したら何が起きますか」
「世界の創造の痕跡が一か所に収束する。それを手にした者は、世界の構造を書き換える力を得る」
蒼はしばらく黙った。世界の構造を書き換える力。それが、百年前から続いてきた計画の目的だった。
「止めることはできますか」
「できる。ただし炉の逆転を止めて、調整機能を正常に戻す必要がある。それには」炉が答えた。「お前の《知識蓄積》と、ヴァルクの素養と、もう一つが必要だ」
「もう一つは何ですか」
「本気で、この世界を守りたいという意志だ」




