第三十話「閾値の先へ」
残り十五日。
蒼は訓練と炉の研究を並行して続けていた。午前中は地下で魔法陣を読み込み、午後は訓練場でリーナに打ち込んでもらう。夜は資料室でエムと情報を整理する。その繰り返しが三日続いたとき、変化が来た。
訓練場でリーナの木剣を腹に受けて、壁に飛んだ瞬間だった。
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《限界突破》 臨界蓄積達成
全能力値 一段階上昇
体力:E → D−
筋力:E− → E
速度:E → D−
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今まで感じたことのない感覚が全身に走った。一つのパラメータが少し上がるのとは違う。全部が同時に変わった感覚で、立ち上がったとき、体が別物になったような気がした。
「何か変わった?」とリーナが聞いた。
「変わりました。全部が少し上がった気がします」
「確かに立ち上がり方が違った」リーナが木剣を持ち直した。「試してみる?」
「お願いします」
リーナが打ちかかってきた。受けた。今まではただ当たるだけだったのに、体が自然に半歩引いて衝撃を逃す動きをした。完全には受け切れないが、吹き飛ばされなかった。
「おおっ」とリーナが言った。珍しく声に感情が乗っていた。「受けた」
「受けました」
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昼食のあと、カインが管理局を訪ねてきた。
地下区画から逃げて以来、カインとは毎日情報を共有していた。彼は第一王子派に所属しながら独自に動いていて、建国教の内部情報を少しずつ提供してくれていた。
「マルクスが動きを活発化させています」とカインが言った。「今までより干渉の頻度が上がっている。妹の監視も強まっています」
「アリエルさんの現在の状況は」
「王都の北側の離宮に隔離されています。表向きは療養という名目ですが、実際には出入りが制限されている。三日前から、建国教の神官が常駐するようになりました」
「その神官はマルクスの側の人間ですか」
「そう思います」
蒼は少し考えた。「アリエルさんに会えますか」
カインが目を細めた。「今の状況で近づくのは危険です」
「危険は承知の上で、会う必要があると思っています。炉の対話には、おそらくヴァルクの素養を持つ人物の助けが必要になります。エムさんだけでは足りない可能性がある」
「どういう意味です?」
「炉は封印の維持を内側から働きかけるよう設計されている。その働きかけに応答するには、複数の素養が必要かもしれない。エムさんがそう言っていました」
カインが長い間黙っていた。妹を守るために第一王子派にいる。しかしその妹が炉の問題に関わる必要があるとすれば、守ることと解決することが衝突する。
「……考えさせてください」とカインは言った。
「時間はあまりないですが、カインさんの判断を尊重します」




