第三話「帰らない背中」
翌朝になっても、リーナは戻らなかった。
蒼は夜明け前から起きていた。肋骨の痛みで熟睡できなかったこともあるが、それより東の方角が気になって眠れなかった。宿の窓から暗い空を眺めながら、昨夜から断続的に聞こえていた遠い轟音のことを考えていた。あれは魔物の咆哮なのか魔法の爆発なのか、この距離では判断できない。
朝食を終えてギルドに顔を出すと、受付は普段より人が多く、空気が重かった。壁際に集まった冒険者たちが小声で何かを話し合っていて、受付の女性の顔にも疲労と緊張が滲んでいる。
蒼は情報を集めることにした。
まず昨夜からギルドに詰めている下位ランクの冒険者たちに声をかけた。Gランクの新入りを最初は警戒した者もいたが、リーナに助けてもらった転生者で、彼女の安否を心配していると正直に言うと、数人が口を開いてくれた。
昨夜出撃したBランク以上は六名で、四名がまだ戻っていないことがわかった。戻ってきた二名のうち一人は意識不明で診療所に運ばれていた。
「Aランク相当って言ってたけど、実際にはもっと上かもしれない」と年配の冒険者が渋い顔で言った。「戻ってきた奴ら、ちゃんと話せる状態じゃなかった」
そのとき、ギルドの扉が激しく開いた。
入ってきたのは二十代後半の男で、革鎧が半分焼け焦げて顔の右側に深い切り傷があった。よろめきながらカウンターに手をついて、荒い息のまま言った。
「Bランクが三人やられた。あれはSランクだ。今も東の岩場で残りの連中が包囲されてる」
ギルド内が静まり返った。
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ギルドが慌ただしく動き始めた。副長が飛び出してきて国への緊急伝達を指示し、街の封鎖を守備隊に要請する。その混乱の中で蒼だけが、静かに頭を動かしていた。
包囲されている。リーナもその中にいる可能性が高い。援軍が来るまで早くても半日、状況次第では一日以上かかる。今夜を越えられるかどうかわからない。
「一つだけ聞かせてください」と蒼は負傷した男に近づいた。「包囲されている場所の地形を、できるだけ詳しく教えてもらえますか」
男が訝しげな目で見てきた。「お前、何ランクだ」
「Gです」
「Gが何をするつもりだ」
「戦いに行くつもりはないです。ただ、確認したいことがある」
男は少し考えてから、地形を話してくれた。東の森を真っ直ぐ進んだ先に大きな岩場があり、その周囲が天然の窪地になっているという。逃げ場の少ない地形だった。
蒼は宿に戻って、荷物運びの仕事中に歩き回って頭に叩き込んだ地形と、今聞いた情報を重ね合わせた。岩場の南側に、森が薄くなっている区域がある。木々の密度が他より低いと感じた場所だ。そこを通れば、包囲の外から接触できるかもしれない。
蒼は立ち上がって荷物を確認した。武器はない。魔法も使えない。肋骨はまだ二本折れている。それでも、行かなければならないと思った。止められる理由を探してみたが、一つも見つからなかった。




