第二十三話「地下区画」
扉の向こうは、洞窟だった。
天然の岩盤をくり抜いた空間で、天井は高く、奥行きは百メートル以上ありそうだった。壁面に埋め込まれた魔石が青白い光を放っていて、松明がなくても足元が見えた。そして床には、入口から奥まで全面に魔法陣が刻まれていた。
蒼はその魔法陣を見た瞬間、思わず息を飲んだ。
複雑さが違う。調律炉の地下で見たものも十分に精緻だったが、ここのものはその比ではない。無数の紋様が幾重にも重なり合っていて、それが一つの巨大な構造を成している。前の世界で見た、最も複雑な回路図よりも密度が高い。
「これは」とリーナが言った。
「干渉用の魔法陣です」とエムが静かに言った。「調律炉に向けて、特定の魔力の流れを強制的に送り込む仕組みです。稼働しています」
確かに、床全体が微かに振動していた。見えない何かが流れている感覚があった。
そして蒼は、空間の中央を見た。
人が座っていた。
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老人だった。
七十代ほどで、深いローブを着て、床の中心に置かれた椅子に座っている。目を閉じていて、微動だにしない。その体の周囲だけ、魔力の流れが特に濃く渦巻いているのが、蒼にも視認できた。
「起こさない方がいい」とエムが言った。「あの状態は魔力の集中状態です。強制的に中断させると、反動が来る」
「この人が干渉源を操作しているということですか」
「操作しているというより、本人が干渉装置の一部になっています」
カインが一歩前に出て老人の顔を見た。「知っています、この人を」
「誰ですか」
「建国教の副神官長、オルティス・ヴァーン」カインが振り返った。「ただし、そのはずがない。オルティス・ヴァーンは百年前の人物です」
蒼はエムを見た。エムの顔が、珍しく動揺していた。
「同一人物ではないです」とエムが言った。「ただ、名前を継いでいる可能性がある。ヴァルク村の記録に、オルティスの技術と名前を後継者に継がせるという記述がありました」
「名前まで継がせる、ということは、正体を隠すためですか」
「あるいは、使命の継承を示すためか」
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蒼は魔法陣の外周を歩きながら構造を観察した。《知識蓄積》が反応し続けていて、見るたびに情報が蓄積されていく感覚があった。
外周を一周して気づいたことがある。魔法陣には電源のような役割を果たす部分がある。それは老人が座っている中心ではなく、東側の壁に近い一角にあった。そこだけ魔法陣の密度が違う。
「この部分を壊せば、干渉は止まりますか」と蒼はエムに聞いた。
「一時的には止まります。ただし」エムが蒼を見た。「壊した瞬間に、中心にいる人物への反動が来ます。それは制御できない」
「死にますか」
「わかりません。ただ、無事ではいられないでしょう」
沈黙が落ちた。老人が何者であれ、今この瞬間に魔法陣を破壊することは、その人物を傷つけることを意味する。
リーナが蒼を見た。「どうする?」
蒼は老人を見た。七十代の老人が、こんな地下空間で魔法陣の中心に座っている。それだけで、これが単純な悪意の話ではないという気がした。何かもっと、長い時間をかけた別の理由がある。
「今夜は壊さないです」と蒼は言った。「まず、この人物が目を覚ましたときに話せる状態を作りたい」
「時間は十九日しかない」
「わかっています。でも、話せる相手なら話した方がいい」




