第十九話「建国神殿の影」
資料室に入ったのは朝一番だった。
昨日のエムの話を聞いてから、観測データの見方が変わっていた。魔脈の乱れを引き起こしている干渉源を探すとき、それが「誰かが意図的に加えている干渉」だとわかっていれば、自然現象との見分け方が違ってくる。人工的な干渉には規則性がある。完全なランダムに見せかけていても、必ずどこかにパターンが残る。
蒼は三日分の観測データを並べて、変動のタイミングを分単位で書き出した。最初はばらばらに見えたが、四時間分のデータを並べたとき、微妙な周期性が見えてきた。約三時間に一度、特定の方向から強い魔力の流れが生じている。その流れの方向を逆算すれば、発生源が絞り込める。
地図に線を引いた。三日分のデータから割り出した方向線が、地図の上で三か所で交差した。
一か所は王都の東側、市場の近くの地下だった。
一か所は城壁の外、北側の森の方向だった。
そして一か所は、王都の中心部にある建国神殿の地下と一致していた。
────────────────────────
建国神殿は王国の歴史において最も古い宗教施設で、王国の創設と同時に建てられたとされている。現在は公式な行事のみに使われていて、普段は一般の立ち入りが制限されている。
蒼はクルトを探して管理局の廊下を歩いた。執務室にいたクルトに地図を見せて、三か所の交差点を指した。
「ここが干渉源の候補です」
クルトが地図を見て、建国神殿の位置に指が止まった。表情が固くなった。
「確度はどのくらいですか」
「データの精度次第ですが、今の観測点の配置でこの結論が出るなら、七割以上の確度はあると思います」
「……建国神殿は、管理局が独自に調査できる場所ではありません」
「どういうことですか」
「建国神殿は建国教の管轄で、王家との共同管理です。管理局が立ち入るには、王家の許可と教会側の許可の両方が必要です」
蒼は少し考えた。「王家に話を通すことはできますか」
「時間がかかります。それに」クルトが声を低くした。「現在の状況で王家に接触することには、政治的なリスクがある。第一王子派が動いている状況で、下手に動けば利用される可能性があります」
「では時間をかけずに建国神殿に入れる方法は?」
クルトが黙った。答えを持っているが、言うべきか迷っているような沈黙だった。
────────────────────────
昼食を宿で取っていると、エムが訪ねてきた。地図を見せると、彼女は建国神殿の位置を見て静かに言った。
「やはりそこか、と思っていました」
「知っていたんですか」
「確信はなかったですが、可能性は考えていました。建国神殿の地下には、公式には語られていない区画があります。ヴァルク村の記録にそれが残っていた」
「その区画が干渉源になっている可能性がある」
「あります。そしてその区画に入るためには」エムが言葉を切った。「建国教の内部に協力者が必要です」
蒼はロスタンのことを考えた。星読み神殿は建国教とは別の宗教組織だが、王都の宗教機関として一定の繋がりがあるはずだ。
「ロスタン師に相談する価値がありそうです」
「私もそう思います」とエムが言った。そして初めて、困ったような笑顔を見せた。「実は、ロスタン師には過去に一度だけ会ったことがあります。その時は話が噛み合わなかったんですが」
「今回は噛み合うかもしれません」
「なぜですか」
「あなたと私が同じ目的で動いていることを、ロスタン師はすでに想定していると思うので」と蒼は言った。
エムがしばらく蒼を見た。それから小さく頷いた。
「……あなたと話しているのは、思ったより悪くないですね」
「ありがとうございます」と蒼は答えた。リーナが隣で小さく笑った。




