第十七話「後継者」
翌朝、宿の扉を開けると、外に人が立っていた。
二十代後半の女性で、落ち着いた色の外套を着ている。表情は穏やかで、武器は持っていない。ただ、その目が蒼を見る角度に、何かを長い間待っていた人間の色があった。
「天宮蒼さんですね」と女性が言った。
「そうですが」
「私はエム・ヴァルクといいます」彼女は言った。「オルティス・ヴァーンの技術の後継者で、ヴァルク村の末裔です」
蒼は少し間を置いてから「入りますか」と言った。
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宿の食堂の隅に座って話した。リーナが隣に座り、エムの向かいに蒼が座った。エムはお茶を一口飲んでから話し始めた。
彼女の話は蒼が断片的に集めていた情報を、一本の線で繋いでくれるものだった。
ヴァルク村は百二十年前、調律炉の管理に関わっていた一族が住む村だった。その一族は特殊な魔力素養を持っていて、炉の制御には欠かせない存在だった。しかし百年前の改修で炉の構造が変えられ、その素養がなくても制御できるようになったとされた。それと同時に、ヴァルク村は公式記録から消えた。
「消されたのは、もう必要ないからですか」と蒼が聞いた。
「それが表向きの理由でした」とエムが言った。「実際には、村の人間が炉の本当の目的を知っていたからです」
「本当の目的というのは」
「調律炉は、ある大きな魔力の存在を封じるために作られました。それが本来の目的です。魔脈の安定は副次的な効果に過ぎない」
蒼は炉の文字を思い出した。「封じるためにあるのではなく、解くためにある」という言葉と、エムが言う「封じるために作られた」という言葉が矛盾していた。
「私が炉に刻まれた文字を読んだんですが」と蒼は言った。「封じるためではなく、解くためにあると書いてありました」
エムが目を見開いた。初めて彼女が、感情を動かした瞬間だった。
「それを読めたんですか」
「なぜか読めました。スキルが反応して」
「……そうですか」エムがしばらく考えてから言った。「その文字はオルティスが炉の改修後に刻んだものです。彼は改修の本当の意図を知って、それへの抵抗として刻んだ。つまり改修によって炉は、封じる機能から解放する機能へと変えられた」
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蒼は頭の中で情報を並べ直した。
元々は何かを封じていた炉が、百年前の改修によって逆の機能、封じているものを解放する装置に変えられた。そしてオルティスはそれに気づいて抵抗したが、記録から消された。今、その炉が逆転し始めている。
「炉が解放しようとしているものは何ですか」と蒼は聞いた。
「それを言うために来ました」とエムが言った。「ただし、信じてもらえるかどうかわからない」
「聞いてから判断します」
エムが蒼を見た。覚悟を決めるような、一瞬の間があった。
「この世界には、建国の時代から封じられている存在があります。王国の歴史書には書かれていない。ヴァルク村だけが知っていた。その存在を封じ続けるために、調律炉は作られた。百年前の改修は、その存在を意図的に解放するための準備でした」
「誰が準備したんですか」
「今の王国の礎を作った人間の一部が、その存在との取引を選んだ」とエムが言った。「解放する代わりに、力を得る。その取引が、百年かけてゆっくりと実行されようとしています」
食堂の外で鳥が鳴いた。朝の光が窓から差し込んでいた。何も変わらない普通の朝の中で、蒼は今聞いた話の重さを静かに受け止めた。
「炉の逆転を止める方法はありますか」
「あります。ただし」とエムが言った。「それには、私の力だけでは足りない」




