第十六話「地下の炉」
管理局に戻ると、クルトが廊下で待っていた。
「局長が呼んでいます」と彼は言った。「調律炉への立ち入り許可が下りました」
ガーレンの執務室に入ると、老局長は書類に目を通していた。蒼が座ると、書類から目を上げてこう言った。「明日の朝、地下への立ち入りを許可します。ただし、クルトを同行させます」
「わかりました」
「何か質問は?」
蒼は少し考えてから聞いた。「百年前の改修記録に、ヴァルク村という名前が出てきました。その村についての資料はありますか」
ガーレンの表情がかすかに動いた。一瞬だけ、何かをこらえるような動きだった。「その村については、記録が残っていません」
「消えているということは知っています。消える前の記録を探しています」
「資料室にあるものが全てです」とガーレンが言った。
蒼はそれ以上は聞かなかった。今は聞くべき場面ではないと判断した。ただ、ガーレンがヴァルク村の名前に反応したことは確かめられた。
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翌朝、クルトに連れられて王都の中心部にある古い建物の地下へ向かった。
リーナも同行した。クルトが少し難色を示したが、蒼が「護衛が必要なので」と言うと、それ以上は言わなかった。
地下への入口は建物の一番奥にあり、厚い石の扉が二重になっていた。クルトが持参した特殊な鍵を使って開けると、冷たい空気が流れてきた。松明を持って降りていくと、階段が思ったより長く続いていた。
地下に着いたとき、蒼は思わず立ち止まった。
広い空間だった。直径は百メートル以上あるかもしれない。天井は高く、壁面に無数の魔法陣が刻まれていて、その全てが薄く光を放っている。中心には円柱形の巨大な構造物がそびえていて、それが調律炉の本体だと直感でわかった。
「大きい」とリーナが言った。
「設計図で見るより実物は迫力がありますね」とクルトが言った。
蒼は壁面の魔法陣を見て歩いた。複雑な構造で、一見するとランダムに見えるが、じっくり見ていると規則性があった。前の世界で数学の証明を追うとき、長い式の中に法則を見つける感覚に近かった。
炉の本体に近づいたとき、蒼は足を止めた。
円柱の表面に、他の魔法陣とは明らかに異なる文字が刻まれていた。魔法陣ではなく、文字だ。古い言語で、今の王国では使われていない形式だったが、不思議と読めた。いや、読めるというより、意味が直接頭に流れ込んでくる感覚があった。
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《知識蓄積》反応
未知の言語パターンを記録しています
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ステータス画面に見慣れないメッセージが浮かんだ。《限界突破》とは別の何かが動いた感覚があった。蒼は驚いたが、今は後で考えることにして、文字の意味に集中した。
文字が伝えていたのは短いものだった。
「この炉は封じるためにあるのではなく、解くためにある」
蒼はその言葉を三度読んだ。封じるためではなく、解くため。調律炉は魔脈を安定させるための装置だとクルトから聞いていた。しかし刻まれていた言葉は、それとは正反対の意味を持っていた。
「クルトさん」と蒼は言った。「この炉が本当に安定のためのものなら、この文字はおかしい」
クルトが近づいて文字を見た。「読めるんですか、この文字」
「なぜか読めます。どういう仕組みかはまだわかりませんが」
クルトが文字を見つめて、それから複雑な顔をした。「この文字については、私も報告を受けたことがない」
「つまり、管理局も知らなかったということですか」
「少なくとも現在の職員は誰も言及していなかった」
蒼は炉全体をもう一度見渡した。封じるためではなく、解くため。それが本当なら、この炉の目的は管理局が説明したものとは根本的に違う可能性があった。
そして何かを封じている炉が逆転すれば、封じられていた何かが解放される方向に動く。
その「何か」が何なのかが、今の蒼にはまだわからなかった。




