第十五話「星読みの話」
星読み神殿は王都の東側、小高い丘の上に建っていた。
白い石造りの建物で、屋上に大きな観測機器が設置されているのが遠くからでも見えた。門の前に立った蒼は、一瞬だけためらってから入口の鐘を鳴らした。
案内してくれた若い神官に「ロスタン師に会いたい」と告げると、少し待つよう言われた。待っている間、蒼は神殿の入口に刻まれた紋章を見た。道中のセルダで、この紋章に似た何かを見た記憶があった。街の古い建物の壁に彫られていた、あの模様だ。同じではないが、構造が似ている。
気になったが、今は後回しにした。
ロスタンが現れたのは十分ほどしてからだった。蒼とリーナを見て、表情は変えなかったが目の奥で何かが動いた。
「来るとは思っていました」と彼は言った。「オルティス・ヴァーンの名前を見つけたんですね」
「どうしてわかるんですか」
「あの資料室で、その名前が出てくる文書に手が届くのは、かなり奥まで探した場合だけです。普通の人間は辿り着かない」ロスタンが蒼を執務室に招き入れながら言った。「やはり賢い」
────────────────────────
執務室は書物と観測記録で埋まっていた。ロスタンが椅子を勧めてから向かいに座り、しばらく蒼を見てから話し始めた。
オルティス・ヴァーンは百年前に王都で活動した技術者で、調律炉の改修を主導しただけでなく、魔脈理論の研究者としても優れた人物だったという。彼が改修に取り入れた技術の一部は、当時の常識を超えていて、現在の管理局の職員でも完全には理解できていない部分があるとロスタンは言った。
「彼が送った書簡を見ましたか」とロスタンが聞いた。
「はい。村の記録が消されていると書いてありました」
「その村について、あなたはどう思いましたか」
「消された理由が知りたいと思いました。歴史を消すという行為は、何かを隠すためにやる。隠したい何かが、今の問題と繋がっている可能性があります」
ロスタンが静かに頷いた。「その村の名前は、ヴァルクといいます。今から百二十年前、王都から東へ二日ほどの場所にあった村で、ある特殊な魔力の素養を持つ人々が暮らしていた。調律炉の制御に、その素養が必要とされていた時代があった」
「今は必要ないんですか」
「百年前の改修で、その必要性がなくなったとされています。しかし実際には」ロスタンが言葉を切った。「改修によって、その素養を持つ人間が炉に関われなくなるよう、意図的に変更された可能性があります」
蒼はその意味を考えた。「その村の人々を、炉から排除するための改修だったということですか」
「私が確認できているのは、改修の翌年にヴァルク村が公式記録から消え、その十年後にオルティスが書簡を送って以降、彼の名前も公式記録から消えているということだけです」
────────────────────────
「オルティスの技術を受け継いだ人物がいると、廊下で聞こえましたが」とリーナが口を開いた。
ロスタンが彼女を見た。「聞こえていましたか」
「待っている間に、神官の方が話しているのが聞こえました」
ロスタンが少し間を置いてから言った。「います。ただし、その人物が現在どういう立場で何をしているのかは、私にも完全にはわかっていない」
「王都にいるんですか」
「いると思われる。ただ、接触は慎重にした方がいい。オルティスの技術を持つということは、調律炉に深く関われる能力を持つということでもある」
蒼は頭の中で情報を整理した。調律炉の逆転を引き起こせる技術を持つ人物が王都にいる。その人物がオルティスの後継者であれば、百年前に排除されたヴァルク村との繋がりがある可能性が高い。
「その人物に会いたいです」
「わかっていました」ロスタンが立ち上がった。「ただし、会う前にもう一つだけ知っておいてください。オルティスが書簡を送った相手、当時の管理局の局長が何をしたか」
「何をしたんですか」
「書簡を無視しました」ロスタンが蒼を見た。「そしてその局長の後継者が、現在の局長ガーレンです」
蒼は何も言わなかった。ただ、今自分が立っている場所の複雑さを、改めて理解した。




