第十四話「資料室の発見」
翌日から、蒼は管理局の資料室に入り浸った。
資料室は二階の奥にあって、天井まで届く棚に書類と書物が詰め込まれていた。管理局の職員も普段はあまり使わない場所らしく、空気が淀んでいた。蒼は窓を開けて換気してから、観測データの棚に向かった。
クルトが事前に整理してくれていたおかげで、過去三年分の魔脈観測記録はすぐに見つかった。蒼は最初のページから丁寧に読み始めた。数字を読むのは苦ではない。むしろ心地よいくらいだった。前の世界でも、論文の数字の羅列を読んでいるときが一番集中できた。
異常が始まったのは三週間前ではなく、それより前から徐々に変化していたことが、データを並べると見えてきた。一か月前には微小な変動が始まっていて、それが三週間前から急激に大きくなっている。何かが段階的に、しかし着実に進んでいる。
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夕方近くになって、棚の奥から古い書類の束を引き出したとき、一枚の文書に目が止まった。
百年前の調律炉改修記録だった。技術的な内容が細かく書かれていて、改修を主導した人物の名前が繰り返し出てきた。オルティス・ヴァーンという名前だった。当時の記録から推測すると、この改修を主導したのは三十代の技術者だったらしい。
蒼はその名前を手帳に書き留めた。百年前の人物だから、今は生きていないはずだ。しかし改修の詳細を理解するためには、この人物の思想と技術を理解する必要があると思った。
翌日も資料室に来て、オルティス・ヴァーンに関する記録を探した。改修記録以外にも、彼の名前が出てくる文書がいくつかあった。神殿との協力関係を示す書類、王家への報告書、そして一通の書簡があった。
書簡は短かった。日付は改修から十年後で、宛先は当時の局長だった。内容は技術的な報告ではなく、個人的な訴えだった。ある村の記録が王国の公式文書から消えていること、その村に関わる歴史的事実が組織的に抹消されていること、そしてそれが誰かの意図的な行為であること、という訴えだった。
蒼はその書簡を二度読んだ。
改修を主導した技術者が、改修から十年後に歴史の改ざんについて訴えを出している。その訴えが局長に届いたかどうかも、受理されたかどうかも、記録にはなかった。
何かが引っかかった。
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資料室を出ると、廊下でリーナが壁に背をもたれて待っていた。
「遅い」と彼女が言った。
「すみません、読んでたら止まらなくて」
「何か見つかったの?」
蒼は手帳を開いてオルティス・ヴァーンの名前を見せた。リーナはそれを見て、少し考えてから言った。
「聞いたことがある気がする、その名前」
「百年前の人物です。管理局の技術者だったみたいですが、それ以上の詳細が資料室にはなかった」
「神殿の記録にあるかもしれない」とリーナが言った。「ロスタン師ならわかるんじゃないか」
蒼はその提案を頭に入れた。ロスタンに接触することは、情報を得る上で有効かもしれない。ただ、ロスタン自身がどこまでを話してくれるかはわからない。
「明日、会いに行ってみます」
「一人で行くの?」
「一緒に来てくれますか」
リーナが特に間を置かずに「いいよ」と答えた。それがあまりにも自然だったので、蒼は少し驚いた。振り返ったとき、リーナはすでに廊下を歩き始めていた。
こういう人が隣にいてくれることが、今の自分にとってどれほど心強いか、改めて感じた。




