第十三話「管理局の依頼」
管理局の建物は、王都の中心部から少し外れた石造りの三階建てだった。外観は地味だったが、内部に入ると数十人の職員が忙しく動き回っていて、壁一面に地図と数字が貼り出されていた。蒼はその地図をすれ違いざまに見た。魔脈の観測データだと、すぐにわかった。
三階の奥の部屋に通されると、一人の老人が椅子に座って待っていた。
七十代ほどで、白髪を短く刈り込んでいる。体格は細いが、姿勢が真っ直ぐで、目に濁りがない。この人物がただの官僚でないことは、一目でわかった。
「局長のガーレンです」と老人は言った。「来てくれてありがとう、天宮蒼さん」
「はじめまして」と蒼は答えた。
ガーレンはクルトとリーナに部屋を出るよう目で示した。二人が扉を閉めると、老人は蒼を正面から見た。値踏みでも警戒でもない、純粋に確かめるような目だった。
「調律炉の調査を、あなたに頼みたい」とガーレンが言った。
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蒼はすぐには答えなかった。ロスタンとの取引が頭をよぎっていた。一度だけ断る権利がある。それをここで使うべきかどうかを、蒼は素早く考えた。
断るより、まず聞く方がいい。理由と条件を聞かずに断るのは、情報を捨てることと同じだ。
「詳しく聞かせてください」と蒼は言った。
ガーレンが頷いて、話し始めた。
王都の地下に現在も稼働している調律炉があることは、蒼もクルトから聞いていた。ガーレンが話したのはその先だった。王都の調律炉は百年前に大規模な改修が行われていて、その際に外部からの干渉を防ぐ封印機構が加えられた。その封印機構が、三週間前から異常な反応を示し始めているという。
「封印が破られそうになっているということですか」
「逆です」とガーレンが言った。「封印が内部から解かれようとしている」
蒼は少し考えた。「調律炉の中に、何かがいるということですか」
「あるいは、誰かが意図的に内部から動かしているか」
「その二つは意味が大きく違います」
「そうです。だから調査が必要です」
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条件の交渉は短かった。
蒼が求めたのは三つだった。一つ目は管理局の観測データへの自由なアクセス。二つ目は調査の結果を自分自身が判断するための時間。三つ目は調査中に得た情報を管理局以外の相手に伝える権利を制限しないこと。
ガーレンが少し眉を上げた。「三つ目は少し難しい」
「調律炉の問題を解決するためには、私だけでなく複数の立場の人間が情報を共有する必要があると思います。管理局だけが情報を独占する状態では、対応が遅れる可能性がある」
「……なるほど」ガーレンが少し考えてから言った。「重大な機密に関わらない範囲で、認めましょう」
「ありがとうございます」
部屋を出ると、廊下でクルトが待っていた。
「条件を出したんですか」とクルトが言った。
「はい」
「局長が認めたということは、あなたはそれだけ必要とされているということです」
「それは知っています」と蒼は言った。「だから条件を出しました」
クルトがしばらく蒼を見て、それから小さく笑った。転生してから初めて見る、クルトの笑顔だった。




