第十一話「白いローブの男」
翌日の昼過ぎ、街道を進む馬車が突然止まった。
御者が手綱を引いたのではなく、馬が自ら立ち止まっていた。動物が本能で何かを察知したとき、こうなる。蒼が荷台から前を見ると、街道の真ん中に一人の男が立っていた。
年齢は六十代ほどで、白いローブを着ている。武器はなく、荷物もない。ただ立っているだけなのに、その存在感が馬を止めるほどの圧力を静かに放っていた。
クルトが御者台から降りた。男を見た瞬間、彼の顔から表情が消えた。
「ロスタン師」とクルトが言った。
「久しぶりですね、アーヴィンス殿」と男、ロスタンが穏やかな声で言った。目は笑っていなかった。「その転生者を、王都に連れて行くことはできません」
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交渉はその場で始まった。クルトが管理局の権限を盾に通行を求め、ロスタンが静かにそれを拒む。言葉は終始丁寧だったが、内容は一切妥協していなかった。リーナが蒼の横で剣の柄から手を離さないでいる。
蒼はロスタンを観察した。白いローブは星読み神殿の上位聖職者が着るものだと、セルダの市場で聞いていた。星読み神殿は魔脈の観測と記録を古くから担ってきた組織で、王家とは別の権威を持つ。星読み神殿が魔脈を観測しているなら、調律炉の異常にも気づいているはずだ。
「一つ聞かせてください」と蒼が口を開いた。
全員が蒼を見た。ロスタンも視線を向けた。その目は静かで、値踏みのような鋭さがあった。
「私を王都に連れて行けないのは、私が危険だからですか。それとも私が王都で何かを知るのが都合が悪いからですか」
沈黙があった。ロスタンが初めて表情を動かした。驚きではなく、何かを確かめたような目だった。
「賢い転生者だ」と彼は言った。
「答えになっていないです」
「どちらでもない、と言ったら信じますか」
「信じません。どちらでもないなら、止める理由がない」
ロスタンが蒼をしばらく見た。街道に風が吹いて、白いローブの裾が揺れた。
「あなたを止めるのは、あなた自身のためです。王都に入れば、あなたはある勢力の計画に組み込まれる。それはあなたにとって危険な立場です」
「管理局の計画ですか」
クルトが動こうとした。「ロスタン師、それ以上は」
「構いません」と蒼はクルトに言ってからロスタンを見た。「クルトさんが私に声をかけたのは、誰かの指示があったからですよね。私はその目的をまだ聞いていない」
クルトが黙った。ロスタンが蒼を見たまま言った。「では取引をしましょう」
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取引はシンプルだった。ロスタンが王都までの同行を認める代わりに、蒼は管理局から何かを求められたとき、一度だけ断る権利を持つ。それをロスタンが証人として保証するというものだった。
「なぜそんな取引をするんですか」と蒼は聞いた。
「あなたのスキルは、使い方次第で世界を変えます。それを特定の勢力だけが利用できる状況は、私には許容できない」
「私のスキルについて、なぜ知っているんですか」
ロスタンが少し笑った。「星は多くのことを教えてくれる」
答えになっていないと思ったが、この男が嘘をついているとも思わなかった。少なくとも今この瞬間、ロスタンの目的と自分の目的に大きなずれはない。
「わかりました、取引を受けます」と蒼は言ってからクルトを見た。「それで構いませんか」
クルトが長い沈黙の後に言った。「構いません」
ロスタンが頷いて街道の脇に移動し、馬車が再び動き始めた。リーナが小声で言った。「よくあの場で交渉できるね」
「怖かったです。でも黙ってる方が怖かった」
リーナが何も言わずに前を向いた。その横顔が、かすかに緩んでいた。




