第十話「異常値」
合流地点の石橋のたもとで、クルトは腕を組んで馬車の傍らに立っていた。怒った様子はなく、蒼とリーナが近づいてくるのを見て短く言った。「遅かった」
「すみません。失火でした。延焼を止めてきました」
「そうですか」それだけで、追及はなかった。ただすぐにクルトの表情が変わったので、それどころではなくなった。「王都から伝達が来ていました。乗ってください、走りながら話します」
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馬車の中でクルトが広げた紙には、数字が並んでいた。
王都に設置されている三か所の魔脈観測所が、昨夜から今朝にかけて通常の三倍以上の魔力の流れを記録していた。しかも三か所のうち二か所で、流れの方向が逆転しているという。
「逆転というのは」と蒼が聞いた。
「魔脈には本来、源流から各地に向かって流れる方向性があります。川のようなものです。それが逆方向に流れている」
蒼には電気回路の方がしっくりくる感覚があった。電流が逆流するとき、それは回路のどこかに異常があるか、外部から強制的に電位差を与えられているかのどちらかだ。
「この三か所の位置を地図で教えてください」
クルトが地図を広げて三か所を指した。蒼が昨日整理した魔物出没地点の弧と重ねると、三か所の観測所は弧の内側に集中していた。
「震源地はここだと思います」と蒼は地図の一点を指した。「三か所からほぼ等距離で、弧の中心にあたります」
クルトが息を飲んだ。「古い調律炉の跡地です」
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調律炉という言葉を蒼は初めて聞いた。説明を求めると、クルトは少し間を置いてから話し始めた。
調律炉とは魔脈の安定装置で、数百年前には王国各地に十数基あった。現在は王都の地下に残る一基のみが稼働していて、蒼が指した地点は百五十年ほど前に停止した炉の跡地だという。
「その炉が再起動した可能性は?」と蒼が聞いた。
「再起動したなら魔脈は安定するんじゃないの?」とリーナが言った。
「正常に動いているなら、そうだと思います。でも逆流が起きているということは、正常に動いていない。壊れているか、意図的に逆向きに動かしているかのどちらかです」
「意図的に、ということはあり得ますか」と蒼はクルトに聞いた。
クルトがしばらく答えなかった。どこまで話すかを計算している沈黙だと蒼は感じた。
「ゼロではないです。ただそうだとすると、目的が何かという問題が出てくる」
「魔脈を逆流させることで何ができるんですか」
「大規模な魔力の収束が起きます。一点に膨大な魔力が集まる。それを使えれば、普通では不可能な規模の魔法が使えます。ただし」クルトが蒼を見た。「制御できなければ、王都ごと消し飛ぶ」
馬車の中に沈黙が落ちた。蒼は窓の外の流れる景色を見ながら、今自分が知っていることをすべて並べた。調律炉の逆転、第一王子派の動き、魔物の異常出没。これらが全部つながっているとすれば、自分は今、想像よりずっと大きな何かの中心に向かって進んでいることになる。
怖いか、と自問した。怖い、と答えた。それでも引き返す気にはなれなかった。前に進まなければ、何も変えられない。




