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「全ステータスF・魔力ゼロで転生したが、殴られるたびに限界を超えるので問題ない」  作者: ラーメンが好き


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第一話「最弱の烙印」

転生してから三分で、熊型の魔物に肋骨を三本折られた。

ステータスは全部F、魔力はゼロ、スキルは《限界突破》一つだけ。説明欄は空白のまま。

ただ一つわかったことがある。殴られるたびに、体が限界を書き換えていく。

死にそうになるほど強くなる。最悪なスキルだと思った。でも同時に——これ以上、自分らしい戦い方はないとも思えた。

────────────────────────

 少し前の話をする。

 死ぬときに走馬灯が見えるというのは本当だった。ただし、天宮蒼の走馬灯には何も映らなかった。

 友達との思い出も、夢中になった趣味も、胸を張れる実績も何一つない。十七年間、ただ息をして、授業を受けて、眠って、また起きるだけの日々が高速でフラッシュして、あっという間に終わった。これが俺の人生か、と思う間もなく、白い光が意識を飲み込んでいった。

 次に気づいたとき、蒼は光に満ちた広間に立っていた。天井は見えず、光源もないのに空間全体が淡く輝いていて、正面には人の形をした何かがいた。顔がない。性別もわからない。ただ視界に入れているだけで、胃の底が重くなるような圧力が全身に伝わってくる。

「選定を行う。異世界への転生者を召喚する。魂の審査の結果、お前を選んだ」

 声ではなく、意味が直接頭の中に流れ込んできた感覚だった。蒼はしばらくその感覚を処理してから、口を開いた。

「なんで俺なんですか」

 一瞬の間があって、それだけだ、という答えが返ってきた。理由を教える気はないらしい。蒼は食い下がりかけてやめた。こういう相手に何を言っても時間の無駄だと、十七年の平凡な経験が静かに告げていた。

「スキルは何が使えますか」

「一つだけ与える。《限界突破》だ」

「どんな効果ですか」

「使えばわかる」

 それだけ言って、光が弾けた。

────────────────────────

 目が覚めると、湿った土の匂いが鼻をついた。深い森の中に放り出されていて、どこかで鳥が鳴き、遠くに獣の気配がある。上体を起こして周りを見渡しながら全身を確認すると、怪我はなく、服は元のままで、スマホは当然なかった。

 右手に薄い光が走って、宙に文字が浮かんだ。

────────────────────────

天宮蒼 17歳

体力:F 筋力:F 速度:F

魔力:0 魔法適性:なし

スキル:《限界突破》

冒険者ランク:未登録

────────────────────────

 全部Fで、魔力に至ってはゼロだった。《限界突破》の説明欄は空白のままで、発動条件も効果も何も書いていない。あの顔のない何かは、本当に何一つ教えてくれなかった。

 蒼は太陽の位置から昼過ぎだと判断して立ち上がり、木々の隙間から方角を確かめながら歩き始めた。森の中で夜を迎えるのは得策じゃない。まず人のいる場所を目指す。それだけは決まった。

 だが三分も歩かないうちに、草を踏み鳴らす重い音が複数、背後から迫ってきた。

 振り向いた瞬間、全身から血の気が引いた。熊に似た生き物だったが、肩の高さが蒼の身長ほどもある巨体で、全身が金属質の毛に覆われていて、真っ赤に光る目がまっすぐこちらを見据えていた。

 逃げなければという判断より先に足が動いたが、二歩目で盛大に転んだ。体力Fとはこういうことか、と場違いな納得が頭をよぎったその瞬間、振り返ると魔物はもう目の前にいた。

 爪が振り下ろされる。蒼は目を閉じなかった。

 痛みが全身を貫いて、地面に叩きつけられた。肋骨が何本かいった感覚がある。それでも意識は飛ばず、視界が赤く染まる中で頭だけが奇妙なほど冷静に動いていた。次の一撃が来る前に立たなければと考えたそのとき、全身の奥から熱い何かがせり上がってきた。

────────────────────────

《限界突破》発動

筋力:F → F+ 速度:F → F+

────────────────────────

 数字の変化は小さかった。それでも確かに、さっきまでとは体が違った。立ち上がれる。動ける。蒼は軋む肋骨を無視して立ち上がり、再び爪を振り上げた魔物を正面から見据えた。逃げ場はない。でも今わかったことがある。殴られるたびに体が限界を書き換えていく、それがこのスキルの意味だ。

 死にそうになるほど強くなる。なんて最悪な特性だと思いながら、気づけば蒼は笑っていた。何も持っていなかった人間の戦い方として、これ以上自分らしいものはないとも思えた。

 魔物が踏み込んでくる。蒼は歯を食いしばって、その場に立ち続けた。

 そのとき、銀色の閃光が横から走った。

 風切り音ひとつで、魔物の巨体が横に吹き飛んだ。大木に激突した魔物はそのまま動かなくなり、森に静寂が戻った。一秒もかかっていなかった。

 蒼がゆっくり視線を動かすと、剣を下げた少女が立っていた。腰まである銀髪が風に揺れていて、切れ長の青い目がまっすぐこちらを見ている。強い、と蒼の本能が告げた。理屈ではなく、立ち姿だけでそれがわかった。

「なんで笑ってるの、あなた」と少女が言った。

 蒼は自分がまだ笑っていることに、そこで初めて気づいた。

「癖みたいです。死にそうなときほど笑っちゃうみたいで」

 少女はしばらく蒼の顔を見ていたが、やがてため息をついて剣を鞘に納めた。

「立てる?」

 立てなかった。肋骨が思ったより派手にやられていて、体に力を入れるたびに視界が明滅する。少女が無言で肩を貸してくれた。温かかった。

「リーナ。冒険者をしてる」

「天宮蒼です。昨日転生してきました」

 リーナは特に驚いた様子もなく、森の出口へ向かって歩き始めた。蒼も肩を借りながら足を動かした。折れた肋骨が悲鳴を上げていたが、確かめたいことがあった。

「ステータスが全部Fで、魔力がゼロで、スキルは《限界突破》一つだけです。さっき少し発動しました」

「聞いたことない名前ね」とリーナが言った。

「死にそうになるたびに、少しずつ強くなるみたいです」

 リーナが足を止めた。蒼を横から見て、それからさっき魔物が吹き飛んだ場所を見て、また蒼を見た。

「それって、どんどん殴られ続ければ、いつか強くなるってこと?」

「そうなります」

「……正気?」

「最悪なスキルだとは思ってます」と蒼は言って、それからまた笑った。「でも、これが俺の全部なので」

 リーナがしばらく黙ったあと、また歩き始めた。その横顔に、何かをこらえているような、言いにくそうな様子があった。木々の間から夕日が差し込んでくるころ、彼女はぽつりと言った。

「変な人ね」

 褒め言葉だと、蒼は受け取ることにした。

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