Episode 3
『僕は将来、カレー屋さんになればいいのか?』
エプロンを身につけた久柳が言う。
エプロンの胸元に描いてある、ターバンを巻いたぶたさんのイラストが気に入らないらしく、今日は当たりが強い。
机を挟んで話し合っていても、天職など見つかる訳もなく、バイト先のカレー屋さんに頼んで、久柳も一緒に働かせてもらう事にした。
『久柳くん、韓国のアーティストみたいね。キュンだわぁ!』
オーナーの奥さんは、初日にして骨抜きになった。
『近くに推しがいれば、お金がかからなくて助かるよ。』
オーナーも、初見の久柳に悪い印象はないらしく、快く受け入れてくれた。
『久柳さん、オーダーは私が取るので、出来上がり次第、席に運んでもらってもいいですか?』
『ほとんどが常連客さんなので、少しずつ馴染んでいきましょう!』
開店間近の厨房で、仕事の手順を教えていると、
『やっぱり、僕には無理だ。』
私にしか聞こえない程の小さな声で、久柳は言った。
『今まで1度もバイトした事がないなんて、どちらのボンボン様ですか? まずは、人と関わる事! 年齢・性別・お仕事、色んな方がいらっしゃって、話してみると学びがいっぱいありますよ。』
店内には、芳香なスパイスの香りが漂い、外には5・6人の客が開店を待っていた。
『オーナー!時間なので、開けますねー!』
高校・大学と、ここでバイトをしていたので、マル秘レシピ以外は、ほとんどを教えてもらっていた。
『いらっしゃいませ!空いてるお席にどうぞ!』
* * * * * * * *
ランチタイムの客の流れが落ち着き、夜に向けての段取りにかかったオーナーが
『2人共、今の内に賄い食べときな。』
と、声を掛けてくれた。
久柳の顔には、慣れない作業での疲労が滲み出ていた。
『久柳さん、お疲れ様です。お腹空きましたねー。
カレー食べながら、少し休んで下さい。』
珍しく素直に、うん、と頷いて、準備されたカレーの前に、久柳は座った。
『久柳さん、私も隣で頂いてもいいですか?』
私が尋ねると、
『既に隣にカレーがセッティングされているのに、ダメだと言う奴がいるのか?』
上目遣いに私を睨むと、久柳は言った。
『ですよねー。』
久柳の肩を左手で軽く叩きながら、私は隣の席を陣取った。
オーナーの労いか、カレーにはクリームコロッケがふたつずつトッピングされていた。
『やったー!コロッケ付きだぁ。いつもは無いんですよ。久柳さんのお陰!』
揚げたてのコロッケを、はふはふしながら頬張っていると、久柳が食べる事を中断して聞いた。
『橘さんは、ここのバイトは長いのか?』
『はい、高校に入ってすぐにバイトを始めたので、8年目ですね。あ、でも働いてた時はヘルプでたまにって感じでした。』
『お客さんとも、仲がいいんだな。』
『そうですね。たぶん最初は生意気な女子高生だったと思いますよ。トゲトゲしてた頃もあったので。でも、皆さんが優しくて、今に至ってます。』
そう話すと、自分でも不思議と目尻が下がる。
『楽しそうだな。羨ましいよ。』
再びカレーを口に運びながら、久柳は呟く。
『初めて会った日、本気になれる仕事がしたいって言った久柳さん、キラキラしてて、私の方が羨ましかったですよ。』
素直に言って、照れ隠しに飲み物のお代わりを取りに立ち上がった。
戻って来ると、久柳は、ご馳走様、と両手を合わせて小さくお辞儀をしていた。
本当に、良い家柄のボンボンなんだろうな。
『久柳さん、食べるの早いですね。何か飲み物持って来ましょうか?』
私が尋ねると、
『久しぶりに美味しいカレーだった。ちょっと、仕込みを見てみたいんだ。厨房、覗いても大丈夫だろうか?』
久柳は、一瞬、少年みたいな瞳をした。
『知らぬ間に働かされてても良ければ、歓迎されますよ。あ、マル秘レシピはぜーったい教えてくれないですよ。』
私がニカっと笑うと、久柳はほんの少しだけ笑って、食べ終えた皿を手に厨房に向かった。
この回も、読んで頂きありがとうございます。
久柳が、私好みのビジュになってきて、楽しくなってます。次回も、どうぞお楽しみに。




