初来店 ~L'amour pur~
「…1人いいですか?」
大きなカラオケの音でなかなかカウンター内の女性に伝わらない。
「ん?あーどうぞ、好きな席に座ってください。」
少し経った頃に俺の存在に気付いてくれた彼女は優しく微笑んで店内に迎え入れてくれた。
「…じゃあ、お茶割で。」
差し出されたメニューから飲み物を選んで伝えた。
「うちのお茶割独特なんですよ…酔っぱらう覚悟できてますか?」
少し悪い顔をしてはにかむ彼女は不思議な魅力を持った女性だった。
カウンターしかない店内は老若男女問わず混んでいた。
カラオケを楽しむ人、女性との会話を楽しむ人、静かにお酒を楽しむ人
それぞれがそれぞれの楽しみ方で時間を過ごしていた。
「はな~、お会計して。」
1人のお客さんが女性に向って声をかけた。
”はな”
それが彼女の名前なのだろうか。
次々にお客さんが帰っていく。
気づいたら俺と女性、もう一人常連さんの三人になっていた。
「はなさんっていうんですか?」
何度か会話は交わしていたものの名前や勿論プライベートの事も聞いてはいなかった。
当たり障りのない好きなお酒の種類や、好きな歌手について。
そんな簡単な会話のみだった。
「あー違うんですよ。はなっていうのはお客さんが付けてくれたあだ名なんです。髪型のせいなのか日本人形っぽいって…はなって古風な名前が似合うみたい。」
ケタケタと笑いながら”はな”という名前の由来を話してくれた。
「らんらん。俺も帰ろうかな。」
「らんらん…?」
残っていた常連さんからも知らない名前が飛んできた。
「あはは、私”みらん”っていうんです。平仮名でみらん。だから遠藤さんは私の事を”らんらん”って呼ぶんです。パンダみたいでしょ?」
名前を呼ばれたお客さんがひらひらとこちらに手を振る。
その姿を見て楽しそうに笑い、話する彼女に俺も頬を緩めた。
「みらんちゃんが昼間の仕事だったらいいのに…」
小さな声でつぶやいたはずなのに彼女は聞き逃すことがなかった。
「どうして?」
不思議そうに彼女が問いかける。
最初に忠告されたお茶割の魔法にかかった俺は恥ずかしげもなくぺらぺらとつい最近まで付き合ってた彼女がラウンジで働いている女の子だったこと、その子と別れた経緯を話した。
「んー…それって職種関係あるのかな?夜働いてるから男関係が不安になるとか、昼間働いてるから信用できるとか、関係ないと思うよ。どんなに偉くたって真面目だって人間やるときゃやるから。」
少し間を開けて答えてくれた彼女の言葉は俺の中でも分かっていたことだ、当たり前のことだ。
それを真っ直ぐハッキリ伝えてくれたそのことが嬉しかった。
あっという間に店の閉店時間が訪れた。
「御馳走様でした。」
お金を払って店を後にしようとした時、
「ねぇ、お兄さんなんて名前なの?」
彼女が出口に向かう俺を止めた。
「あー…俺はかいり。」
「かいり…かっこいい名前だね。またね、かいり!」
彼女は満面の笑みで手を振ってくれた。
店を出て直ぐ、階段を下っている時に気付いた。
俺はみらんに一目惚れをしたんだ。




