5、次は話したい
あけましておめでとうございます。
遅くなりすみません。次回木曜日に更新します。
案内された席はちょうど客席全体を見渡せる場所。
高い位置から、人々の動き、視線、仕草を慎重に観察する。
あれから僕は、由衣さん(苗字は聞き出せなかった)の背中の後ろで2人の自己紹介と簡単な依頼内容の確認を終え、一言も発することなくあの部屋から脱出することができた。
改めて説明された依頼内容を思い返す。
・星乃ひかり宛てに届いた脅迫状には、今日行われるこのライブ中に爆破事件を起こすことが書かれてあったこと。
・ライブを中止させる訳にはいかないので、ことが起きる前に犯人を捕まえてほしいということ。
いたずらだった場合はそれでよし。
・何も起きずに無事ライブを終えられたら追加で成功報酬を支払うということ。
・混乱を防ぐために公表はしていないこと。
大方事前にマスターから聞かされていた内容と変わりないので、床を見つめて聞き流した。
ただ、ひとつ気になる話題が上がっていたことと言えば、予告が来ていたことが世間に知られていたということだ。
どこかから情報が流れ、曝露系(?)というものは取り上げたことにより一部では騒がれているらしい。
確信がないということで面白おかしく話題になり、大事になる前にそのまま流れていったようだが
今回マスターが僕に振ってきた理由が少しだけわかった気がする。
____だからって許すわけじゃないけどね......!!!
マスターへの怒りを思い出し、ふんすっ!と鼻息ひとつ。
「何かあればこれで」と渡された黒いイヤホンを耳に押し込みながら、きれいな人だったなぁ、と思い浮かぶのはマネージャーの美しい横顔だ。
___もう一度会えたら次は、ちゃんと話ができるかなぁ
『各ポジション、配置確認』
『入口閉鎖準備』
『前方圧縮注意』
決意を新たに次の機会に思いを馳せる僕の耳に、警備チームの声がイヤホンを通って聞こえてくる。硬い声で最終確認を行うきびきびとしたやり取りに、それぞれの責任感が伝わり妙に頼もしい。マスターには不満が尽きないが、一度引き受けたからには頑張りますよー、と改めてやる気を入れる。怖いけど。とてつもなく怖い帰りたい。
「仕事...しなきゃ。」
誰に言うでもなく呟きながら、改めて会場を見渡した。
(怪しい人はいないかな。)
見渡しやすいこの席は、外からは見えにくいような位置にあるらしい。おかげで誰の目に留まることもなく、集中して作業を行える。一人一人の顔を追いながら、客席にいる面々に注意深く目を凝らす。穏やかなBGMが流れる会場。わずかなざわつきの中に確かに感じる高揚感。荷物を漁りグッズを取り出す者、忙しなくスマートホンを操る者、本日流れる曲の振りの最終確認を行う者、連れと記念に写真を撮る者......。皆興奮しているのだろう、落着きなく動き回る人の群れに早くも酔ってしまいそうだ。軽くめまいがする。
『まもなく本番入ります』
『照明キュー後、開始』
一角では揃って長いタオルを掲げている集団もいたりして、そこには星乃ひかりの名前がプリントされている。
普段と違う環境で、何を目印に辺りを付ければいいのかも分からず、ただ真剣に眺めているだけでライブの開演時間を迎えてしまった。
『開始、開始』
インカム越しに聞こえる声とほぼ同時、明るかった会場が暗転し騒がしさが一気に静まり返る。ポップな音楽が大音量で流れた1拍後、ステージの真ん中にスポットの光が反射し会場全体が星乃ひかりの世界に染まっていく。大声で名前を呼ぶ声やコール、グッズを高く抱えるものの中にはすでに涙に濡れている者もいて、まだ見ぬ姿に涙するこの狂った世界について行けず少し引いた。始まって5秒で逃げ腰だ。もう帰りたい。
ステージ後方にあるいくつものモニターにこれから登場する主役の紹介が鮮やかに流され、スモークの後ろから音楽と共に女性のシルエットが浮かび上がる。歓声という名の悲鳴が耳に刺さり、音声はそのまま残酷なホラー映画に映像を差し替えてもさほど違和感がないかもしれないとつい想像を膨らます。イメージする限り上等な出来に、思わずふふふと不気味な笑い声が出て隣の女の子に変な目を向けらた。いけない、楽しくなってしまってつい。
『開始__前方押し戻し入ります』
『了解。応援一名回します。』
音楽の盛り上がりが最高潮に達したのに合わせて派手な衣装を纏った星乃ひかりの姿がはっきりと現れ、会場の熱も最高潮だ。僕の方耳に届く声は歓声でところどころ音がつぶれて聞き取りづらい。前方エリアの人の密度が一段と上がり、歓声が起きるたびに客全体がわずかに前に傾いていく。モニターには代表曲を歌い始めた星乃ひかりが大きく映し出されており、歓声が一段と大きくなった。誰がともなく柵に迫るその集団はまるで大きな塊が重心失ったような動きで警備スタッフに雪崩込み、それを負けじと押し返す屈強な男たち。両者汗を流し真剣さを装っているが、その形相は必死さの中にどこか誇らしさが垣間見えて、今まで触れた事のない知らない世界に迷い込んでしまったような心地がしてつい呆けてしまう。僕の気持ちを返してほしい。少し心配したじゃないか。名高い刑事もびっくりな押し合い競り合いの大騒ぎにも関わらず、見目を気にしてか顔が崩れないぎりぎりのラインを狙って繰り出されるこの攻防を、もはや関心と尊敬で見つめてしまう。見てるだけで十分なんだけどね。いや、参加したくなんかないよ!もっとやれ。
(.........あれ?あの人、)
その中でも、何とか適当に見繕って目星をつけていた人物たちの中で、開演してから明らかにおかしな動きをしている男を見つけた。興奮、期待、応援。会場内は様々な感情が渦巻く視線が集まっているが、皆共通して星乃ひかりへの熱心な愛情が感じられた。大きく腕を伸ばし騒ぎ立てる観客たちの中、ソワソワと小刻みに揺れながら背中を丸め、顔は正面のまま視線だけをぎょろぎょろと彷徨わせる様はとても目立っている。他の客はライブに集中していて気にしていない。その男の視線に乗る感情も、なにかこう、言葉にはできない粘り気のある欲深さが滲んでいるような気がして気持ちが悪い。思わず顏中にしわを寄せてうえぇ、と舌を突き出す。視線に現れる感情に誰よりも敏感な僕は、とてもじゃないが直視していられない。
男を見失わないようにと気を付けながら、あえてピントが合わないよう意識して口元に視線をずらしていく。これ変な筋肉使うから疲れるんだよね。帰ったらマスターにホットアイマスクを強請ろうと意気込み、無償ひげが残る顎だけに集中。ぼそぼそと小さく動くその口元は何を言っているのかは読み取れない。呼吸が荒い。
(.......不安?興奮、__恐怖と高揚.........?なんだよもー。)
しばらく注意深く眺めてみても、視線が気持ち悪いくらいで特に変な行動をするわけではないその人物。
(気のせいか...?)
本当にただの気持ち悪い人だったのか...?と、決めつけで警戒してしまっていたことに少しの罪悪感を感じ、もう一度全体の警戒態勢に戻ろうと視線を外そうとしたその時、男の口の端が静かに吊り上がった.。
(___っ!?)
懐に片手を突っ込んだその男は、おもむろに小さな箱型の何かを取り出し、星乃ひかりに向け高く手を持ち上げる。
その口元には、歪な笑みが浮かんでいた。




