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第7話:虚飾のパレード、路地裏の真実

 王宮を一歩出ると、そこは熱気と喧騒の渦だった。


「おお、ノワール公だ!」


「シルヴァリオ様万歳! 我らが宰相閣下万歳!」


 私たちが姿を現した瞬間、通りの空気が変わった。 割れんばかりの歓声。民衆は熱狂的な眼差しで、銀髪の美しい支配者を称えている。


「やあ、皆。今日も精が出るね。……おや、そこの店主、娘さんの風邪は良くなったかい?」


「は、はい! おかげさまで!」


 シルヴァリオは、完璧だった。 砂埃舞う下町など意に介さず、優雅に微笑み、一人一人に声をかけていく。その姿は、民を慈しむ名君そのものだ。


 その時だった。


「どけええぇぇッ! 邪魔だ邪魔だァ!」


 怒号と共に、暴走した馬車が人波を裂いて突っ込んできた。 逃げ遅れた少年が弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「あっ……!」


 私は考えるより先に駆け出していた。 少年は腕を抱えて呻いている。酷い怪我だ。


「大丈夫? 見せて!」


「ひっ、貴族様……!?」


 私は躊躇なく泥の地面に膝をつき、少年の腕に手をかざした。 「聖女」としての知識が、治癒の光を呼び覚ます。


『――癒やせ(ヒール)


 温かな光が溢れ、少年の折れた腕が元通りに繋がっていく。 痛みが消え、少年が呆然と目を見開く。


「な……治った……?」


「奇跡だ! すげぇ、一瞬で!」


 どよめきが歓声に変わる。 私はほっと息をついた。けれど次の瞬間、私の肩にふわりと手が置かれた。


「――素晴らしい」


 シルヴァリオは泥を厭わず、少年の顔を拭い、慈愛に満ちた表情で民衆を安心させる。その姿は、誰が見ても「理想の君主」。


 しかし、ステラだけが気づく。彼のハンカチを持つ手が、美術品を扱うように丁寧すぎることに。そして、少年の痛みに共感して眉をひそめているようで、その赤い瞳が「凪いだ湖面のように、一切の感情を映していない」ことに。


 彼はステラの耳元で、ただ一言、優しく囁く。


「……よくやりましたね。貴女はやはり、私の目に狂いなき至宝だ」


 それは純粋な賞賛。けれど、そこには「少年が助かってよかった」という安堵はなく、あるのは「自分の所有物ステラが高性能だった」ことへの満足感だけ。


 その「善意の欠落」に、ステラは背筋が凍る思いをする。


「怪我はないかい? ……怖かったね。だが安心していい。彼女こそが、私がこの国のために招いた『聖女』ステラだ」


 彼がよく通る声で宣言すると、民衆の熱狂は最高潮に達した。


「聖女様万歳! ノワール公万歳!」


 シルヴァリオは私を立たせ、民衆に向かって誇らしげに私の手を掲げてみせた。 その完璧な立ち振る舞いに、誰もが酔いしれている。 けれど、私と繋がれた手から伝わる体温は冷たく、そして耳元に届く声もまた、氷のようだった。


『満点ですよ、ステラ。……泥にまみれて慈悲を垂れる、その計算高い演出パフォーマンス。やはり貴女は、私の隣に置くに相応しい』


(……違う!)


 反論したかったが、声にならなかった。 彼は、私が純粋な善意で動いたことさえ、「自分と同じ計算」だと解釈している。 あるいは、そう解釈することでしか他人を理解できないのか。


「へっ、いけ好かねえ野郎だ」


 蚊帳の外にいたレオンハルトが、不機嫌そうに吐き捨てた。 彼は暴走した馬車の御者をすでに締め上げ、衛兵に引き渡していたらしい。


「だがまあ、ステラ。アンタは最高だったぜ。……俺には分かる。アンタのそれは、計算なんかじゃねえよな」


 レオンハルトの大きな手が、ポンと私の頭を乱暴に、でも温かく撫でた。 その真っ直ぐな信頼に、少しだけ救われた気がした。


 ふと、歓喜に沸く群衆の切れ間、暗い路地裏が目に入った。


(――あ)


 そこに、フードを被った男の姿があった。 アレクシスだ。 彼は、人混みで突き飛ばされたらしい老婆の荷物を拾い上げ、肩を貸して歩き出しているところだった。


 誰の目も届かない場所。 称賛も、歓声もない場所。 シルヴァリオのような華やかな演出など何一つない。 けれど彼は、当たり前のこととして弱きを助け、静かに闇へと消えていった。


 一瞬だけ、フードの下の藍色の瞳と目が合った気がした。 彼は何も言わず、ただ小さく頷いた。 『君の力は、正しく使われた』 そう、肯定してくれたように思えた。


(……ああ)


 胸の奥が震えた。 民衆を数字として管理し、完璧に演じるシルヴァリオ。 本能と感情で動き、裏表なく肯定してくれるレオンハルト。 そして、誰にも知られず、孤独に正義を貫くアレクシス。


 三人の王の器の違いを、まざまざと見せつけられた気がした。


「さあ、行きましょうステラ。パレードはこれからですよ」


 シルヴァリオのエスコートを受け、私は再び歩き出す。 民衆へ向ける彼の笑顔は、どこまでも美しく、眩しかった。 けれど今の私には、路地裏に消えた不器用な背中の方が、何倍も尊く思えた。

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