第6話:聖女の裁定、あるいは奇妙なデートの始まり
「消えろ――!」
シルヴァリオの指先から放たれたのは、不可視の衝撃波だった。 それは空気を裂き、鎌鼬のようにレオンハルトへと襲いかかる。 並の人間なら一瞬で肉片に変わるであろう致死の魔法。
「っと、危ねえな!」
レオンハルトは笑いながら大剣を抜き放ち、それを「薙ぎ払った」。 物理的な剣で、魔術を叩き斬る。 凄まじい轟音と共に衝撃波が霧散し、余波で部屋中の窓ガラスが粉々に砕け散った。
「ちょ、ちょっと! 私の部屋を壊さないでください!」
私はたまらず叫んだ。 このままでは私が瓦礫の下敷きになるか、流れ弾で消し飛んでしまう。
「おっと、すまねえ。……おいシルヴァリオ、俺の女に怪我させたらどうするんだ」
「私の女だ。図々しいにも程があるぞ、海賊風情が」
二人の男が至近距離で睨み合う。 殺気と魔力がバチバチと火花を散らし、部屋の空気が歪む。
(……ああもう、どっちもどっちね!)
私はため息をつき、乱れた髪をかき上げた。 恐怖している場合ではない。この混乱は、千載一遇のチャンスだ。
私はツカツカと二人の間に歩み寄ると、腰に手を当てて仁王立ちした。
「そこまでになさいませ、お二人とも!」
凛とした声が響き、二人が同時に私を見た。
「レオンハルト様。お誘いは光栄ですが、窓から飛び降りて逃亡なんて、一国の聖女にあるまじき振る舞いですわ。お断りします」
「あ? なんだよ、つれないな」
レオンハルトが唇を尖らせる。 すかさずシルヴァリオが勝ち誇った笑みを浮かべた。
「賢明な判断ですね、ステラ。さあ、この野蛮人を追い出して――」
「ですが、シルヴァリオ様」
私は彼の言葉を遮り、冷ややかに告げた。
「この惨状をご覧になって? 最強の結界も、この方が本気になれば紙切れ同然ですわ。私がここに閉じ込められている限り、彼はまた壁を壊しに来るでしょうね。……毎日、王宮の修繕費を無駄にするおつもり?」
シルヴァリオの眉がピクリと動く。 痛いところを突かれた顔だ。レオンハルトは「おう、何度でも来るぜ!」とサムズアップしている。頭が痛い。
「なら、どうしろと言うのです」
「簡単なことですわ。……私を、外に出してください」
「なんだと?」
「私は『聖女』です。守るべき国や民を知らずして、どうして祈りを捧げられましょう? それに……」
私は二人の男を交互に見やり、悪戯っぽく微笑んだ。
「せっかく素晴らしい殿方がお二男もいらっしゃるのですもの。私をエスコートしてくださいますよね?」
シン、と場が静まった。
「……ははっ! いいな、それ!」 沈黙を破ったのはレオンハルトの大笑いだった。
「三者面談ってわけか。上等だ。俺の街の良さをシルヴァリオに見せつけてやるのも一興だしな」
「……本気ですか、ステラ」 シルヴァリオは不機嫌そうに目を細めた。
「私だけでなく、この男まで同伴させると? 王族派の残党や、不逞の輩が貴女を狙っているかもしれないのですよ」
「貴方という最強の魔術師と、レオンハルト様という最強の剣士がいて、私に指一本でも触れられる『不逞の輩』がいまして?」
私が小首を傾げて問いかけると、シルヴァリオは言葉に詰まった。 彼の高いプライドを刺激する一言。 「守りきれないとは言わせない」という挑発だ。
彼はしばらく私をじっと見つめ、やがて諦めたように肩をすくめた。 計算高い彼は悟ったのだろう。ここで拒否してレオンハルトと全面戦争になるよりは、監視下でガス抜きをさせた方が得策だと。
「……分かりました。よろしいでしょう」
「話が分かる男だな、シルヴァリオ!」
「黙れ。……ただし、ステラ。私の側から片時も離れないこと。いいですね?」
シルヴァリオが私の手を取り、恭しく、しかし強く握りしめる。 その横から、レオンハルトが私の肩を抱き寄せた。
「よっしゃ! じゃあ早速、城下町へ繰り出すぞ!」
「あ、あの、着替えくらいさせてください!」
私は二人を部屋から押し出した。 バタン、と扉(半分壊れているけれど)を閉め、私はその背に寄りかかって大きく息を吐いた。
(……勝った)
外出許可をもぎ取った。 シルヴァリオとレオンハルト、二人の怪物を手玉に取って。
これで街に出られる。 街の構造、結界の配置、そして民衆の様子。 自分の目で確かめられる情報は山ほどある。 それに、人混みに紛れれば、アレクシスとも接触できるかもしれない。
「さあ、忙しくなるわよ」
私は鏡に向かい、完璧な「聖女」の笑みを作った。 三人の男たちとの、奇妙で危険なデートの幕開けだ。




