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第5話:密室の検閲、あるいは嵐の来訪者

 翌朝。 目覚めと共に用意されたのは、最高級の朝食と、氷のような微笑みを浮かべた「飼い主」の訪問だった。


「おはようございます、ステラ。昨夜はよく眠れましたか?」


 シルヴァリオは優雅に紅茶を注ぎながら、私の顔を覗き込んだ。 朝日が差し込む部屋は平和そのものに見える。けれど、私の背中には冷や汗が伝っていた。


(……試されている)


 昨夜、アレクシスはこの部屋に侵入し、そして去っていった。 彼は「痕跡は消した」と言っていたけれど、相手はこの国最強の魔術師だ。 私の魔力オドの僅かな揺らぎや、結界のほころびに気づかないはずがない。


「ええ、おかげさまで。ふかふかのベッドで、泥のように眠ってしまいましたわ」


 私はあくびを噛み殺すふりをして、平然と嘘を吐いた。 シルヴァリオはカップをソーサーに置くと、面白そうに目を細めた。


「それは重畳。……ですが、妙ですね」


 彼は立ち上がり、私の背後に回った。 長い指が、私の銀色の髪をすくい上げ、首筋に触れる。 ひやりとした感触。彼は私の髪に口付けを落としながら、耳元で囁いた。


「昨晩、庭の結界に小さな『穴』が開いたようなのです。……まるで、ドブネズミが一匹、這い回ったかのような」


 心臓が跳ねるのを、必死で抑え込む。 彼は知っている。アレクシスが来たことを。 けれど、確証がないのか、それとも私が「誰を手引きしたか」を白状するのを待っているのか。


「ネズミ、ですか? 王宮の衛生管理も大変なのですね」


「ええ。ですが、ご安心を。害虫駆除は私の得意分野です」


 シルヴァリオの指に力がこもる。 首筋に爪が食い込む痛みに、私は眉を寄せた。


「貴女はただ、私の用意したカゴの中でさえずっていればいい。……外の汚い世界に、興味を持つ必要はありませんよ?」


 それは明確な警告だった。 『裏切りは許さない』。 彼の赤い瞳が、逃げ場のない鏡のように私を映し出している。


(……息が詰まる)


 このままでは、精神が摩耗して、本当に彼の言いなりになってしまうかもしれない。 そう恐怖を感じた、その時だった。


 ドォォォォォォォン!!


 突然、部屋全体が揺れるほどの爆音が響いた。 窓ガラスがビリビリと振動し、テーブルの上のカップが音を立てて倒れる。


「なっ……!?」


 流石のシルヴァリオも表情を崩し、窓の方へ振り返った。 そこには、信じられない光景があった。


 頑丈なはずのバルコニーの結界が、何か巨大な力で外側から「粉砕」されていたのだ。 舞い散る魔力の残滓と硝子の破片。 そのキラキラと輝く粉塵の中に、一人の男が立っていた。


「よう。朝飯の最中か? 陰気なツラしてんなぁ、シルヴァリオ」


 手すりの上に不敵な立ち姿で現れたのは、レオンハルトだった。 朝の太陽を背負い、燃えるような赤髪が黄金に輝いている。 彼はここが王宮の最上階であることを微塵も感じさせない身軽さで、私の部屋へと飛び降りた。


「レ、レオンハルト様……!?」


「よお、別嬪さん。顔色が悪いぜ? やっぱり、こんなカビ臭い部屋じゃ体に毒だ」


 彼はニカッと笑うと、土足でふかふかの絨毯を踏みしめ、私の方へ歩み寄ってきた。 その全身からは、荒々しくも温かい、太陽と潮風の匂いがする。


「貴様……! 土足で上がり込むとは、どこまで無作法な!」


 シルヴァリオが激昂し、片手を上げる。 その掌に殺気を含んだ魔力が収束する――が、レオンハルトは鼻で笑ってそれを一蹴した。


「固いこと言うなよ。玄関ゲートの警備がトロいから、空から来ちまっただけだ」


 彼は腰に帯びた大剣の柄に手を置きつつ、シルヴァリオをギロリと睨みつけた。


「それによう、俺は気が短いんだ。夜明けまで待ってやったんだから、褒めてほしいくらいだぜ」


 レオンハルトの視線が私に向く。 そこには、シルヴァリオのような湿っぽい執着も、アレクシスのような悲愴な使命感もない。 ただ真っ直ぐで、強引な「熱」だけがあった。


「ステラと言ったな。……俺は、昨日の言葉を取り消す気はねえぞ」


 彼は私の目の前まで来ると、シルヴァリオを背中で遮り、大きな手を差し出した。


「シルヴァリオの政治ゲームも、アレクシスの復讐ドラマも、俺には関係ねえ。俺が欲しいのは『アンタ』だ。聖女とか鍵とか、そんな肩書きじゃなく、アンタという女に惚れた」


「……」


「俺の街に来い。あそこには、こんな窮屈な結界も、陰湿な腹の探り合いもねえ。あるのは美味い酒と、広い海と、自由だけだ」


 レオンハルトは少年のように目を輝かせ、けれど王の風格を持って宣言した。


「俺なら、アンタを一番自由に笑わせてやれる。……どうだ? この手を取って、ここから飛び降りる度胸はあるか?」


 開け放たれた(というか破壊された)窓からは、爽やかな風が吹き込んでくる。 それは、この窒息しそうな鳥籠の中で、唯一の「出口」に見えた。


 背後からはシルヴァリオの、背筋が凍るような殺気。 目の前にはレオンハルトの、火傷しそうなほどの熱視線。 そして、昨夜交わしたアレクシスとの密約。


 三つの運命が、この部屋で激突している。 私は――。

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