第4話:蒼き騎士の告解、あるいは共犯契約
「……頭を上げてください、アレクシス様。貴方に跪かれる覚えはありませんわ」
私は努めて冷静な声を出し、彼を促した。 窓から侵入してきた不審者とはいえ、彼は一応、高貴な血筋の騎士だ。それに、もしシルヴァリオや侍女が飛び込んできたら、この体勢は言い逃れができない。
アレクシスは一瞬躊躇った後、音もなく立ち上がった。 その動作一つ一つに、無駄のない洗練された武人の美しさがある。 彼は私との距離を保ちつつ、真剣な眼差しを崩さない。
「驚かせてすまない。だが、シルヴァリオの監視の目を掻い潜るには、この手段しかなかった」
「分かっています。……それで? 貴方はなぜ、私が『鍵』だと知っているのですか?」
私は単刀直入に切り込んだ。 アレクシスは静かに息を吸い、重い口を開いた。
「我がヴァイス家は、かつてこの国の王であったと同時に、『封印』の守り人だったからだ」
「封印……」
「そうだ。このアルカディア王国は、ある強大な『力』を地下に封じることで成り立っている。……いや、正確には、その力を制御し、封じ込めることで、外敵や災害から国を守る『結界』を維持してきた」
彼は悔しげに拳を握りしめた。
「だが、数十年前、シルヴァリオの父――先代ノワール公が政変を起こし、王権を奪った。彼らは『力』を制御する術を持たなかったが、代わりに魔術で無理やり蓋をしたんだ。……歪な、偽りの蓋を」
私の脳内の知識と、彼の言葉がリンクしていく。 シルヴァリオが言っていた「世界を騙す」という言葉の意味。 それは私という個人の存在だけでなく、この国の成り立ちそのものを指していたのか。
「シルヴァリオの支配は完璧に見える。だが、それは薄氷の上だ。無理やり抑え込まれた力は、地下で淀み、腐敗し始めている。……このままでは、遠くない未来、この国は内側から崩壊する」
アレクシスは悲痛な瞳で私を見つめた。
「奴は焦っているのだ。崩壊を止めるために、封印そのものを書き換え、完全に自分の支配下に置くための『新しい理』を求めた。……それが、異界から招かれた『鍵』である君だ」
「つまり、私はシルヴァリオ様の支配を永遠にするための、仕上げのパーツというわけね」
「……言葉を選ばずに言えば、そうだ」
アレクシスは否定しなかった。その誠実さが、逆に残酷な真実を突きつけてくる。
「俺の目的は、シルヴァリオの野望を阻止し、正しき封印の儀を行い直すことだ。そのためには、君の協力が不可欠だ」
「協力?」
「君が『鍵』としての力を使い、シルヴァリオの歪んだ結界を内側から解く。そして、俺が本来あるべき形に封印を戻す。……そうすれば、この国は救われる」
彼の言葉には熱がこもっていた。 正義。使命。国を思う心。 どれも美しく、眩しい。けれど――私は冷めた目で彼を見た。
「それは、貴方にとっての『正義』ですよね、アレクシス様」
「……何?」
「シルヴァリオ様が勝てば、今の平和な(見せかけの)支配が続く。貴方が勝てば、正当な王家が戻るけれど、その過程で混乱が起きるかもしれない。……私にとっては、どちらも他人の権力争いです」
私は一歩、彼に近づいた。
「私が貴方に協力したら、私には何があるの? 危険を冒してシルヴァリオ様を裏切るメリットは?」
アレクシスは虚を突かれたように目を見開いた。 「聖女」らしくない、損得勘定を含んだ問い。 けれど、彼はすぐに表情を引き締め、再び私の前に片膝をついた。 今度は、先程よりも強く、確固たる意志を持って。
「……君の言う通りだ。俺は君に、命がけの反逆を強いている」
彼は私の手を取り、その甲に額を押し付けた。 冷たい騎士の手袋越しに、彼の体温と、微かな震えが伝わってくる。
「だが、誓おう。もし君が俺の手を取ってくれるなら、俺はこの命に代えても君を守り抜く。シルヴァリオの手から君を救い出し、君が望むなら元の世界へ帰す方法も、必ず見つけ出す」
「……元の世界へ?」
「古文書には、鍵の役割を終えた者が『扉』をくぐる記述がある。……俺は、君を道具として消費させたりはしない。一人の女性として、君の自由と尊厳を、俺の剣にかけて守ると誓う」
顔を上げた彼の瞳には、一点の曇りもなかった。 不器用で、融通が利かなくて、けれど誰よりも「約束」を重んじる男。 シルヴァリオの甘い「愛の囁き(呪い)」とは対極にある、重く実直な「忠誠の誓い」。
(……ああ、この人は嘘をつかない)
それが彼の美点であり、弱点でもあるのだろう。 私は小さくため息をつき、彼の手を握り返した。
「……いいでしょう。その契約、乗ります」
「ステラ嬢!」
「ただし、私が危ないと思ったらすぐに逃げますからね。……まずは、情報交換から始めましょう。アレクシス様」
私は微笑んだ。 これで、盤上の駒が一つ動いた。 「黒の騎士」は、私の最強の盾となり、そしてシルヴァリオの喉元に突きつける矛となる。
「感謝する。……必ず、君を後悔させない」
アレクシスの頬が、微かに紅潮しているのが見えた。 使命感だけではない、彼自身の個人的な感情が、そこには確かに芽吹いていた。




