第22話:共犯者たちの箱庭【銀の策士エンディング】
「……馬鹿な人。貴方ひとり、死なせたりはしないわ」
ステラは呟いた。 その声は、轟音渦巻く戦場において、奇妙なほど静かに響いた。
彼女は、レオンハルトにも、アレクシスにも背を向けた。 そして、黒い魔力の奔流を撒き散らすシルヴァリオの方へと、ゆっくりと歩き出した。
「ステラ!? おい、そっちは死ぬぞ!」 「ステラ嬢! 何を考えている!」
背後から二人の悲鳴が聞こえる。 けれど、ステラは止まらない。 彼女の瞳に映っているのは、世界を滅ぼそうとする魔王ではない。 自らの理想に押し潰され、孤独に泣いている、愚かな一人の男の姿だった。
(私をこの世界に引きずり込んだのは、貴方。私の運命を狂わせたのも、貴方) (……だったら、最後まで責任を取らせてあげる)
それは愛と呼ぶにはあまりに重く、憎しみと呼ぶにはあまりに優しい感情。
「来るな……ッ! 来るなぁぁぁッ!」
シルヴァリオが絶叫する。 彼が放つ破壊の波がステラを襲う。 だが、ステラは防御しなかった。彼女は「鍵」の力を使い、その身を蝕む呪いを、自らの体内に**「受け入れた」**のだ。
肌が焼けるような激痛。 けれど、彼女は微笑んで、暴走するシルヴァリオの懐へと飛び込んだ。
「――捕まえた」
ステラの両腕が、シルヴァリオの首に絡みつく。 抱きしめられたシルヴァリオは、驚愕に目を見開き、凍りついたように動きを止めた。
「な……ぜ……」
「貴方の望み通りにしてあげる」 ステラは、血の気が失せた彼の唇に、自らの唇を重ねた。
『――同調・罪状共有』
キスを通じて、ステラの魔力がシルヴァリオの中へ流れ込む。 それは浄化ではない。 彼が一人で抱え込み、暴走させていた「世界の淀み」を、ステラが半分引き受け、二人で共有するための契約。
「が、あぁ……ッ!?」
シルヴァリオの身体から黒い霧が薄れ、代わりにステラの白いドレスが、見る見るうちに漆黒へと染まっていく。 二人の身体を、逃れられない茨の紋様が侵食していく。
「馬鹿な……何を、したのです……! これでは、貴女まで……!」 「ええ。これでもう、貴方は私を殺せないし、私も貴方から離れられない」
ステラは、震えるシルヴァリオの頬を両手で包み込み、妖艶に微笑んだ。
「貴方の罪も、罰も、孤独も。全部半分こにしてあげる。……だから、もう泣かないで、私の王様」
「あ……ああ……あぁぁ……ッ!」
シルヴァリオはその場に崩れ落ち、ステラにしがみついて慟哭した。 それは悔恨の涙か、あるいは自分を許容してくれた女神への感謝か。 暴走していた「核」は、二人の生体エネルギーを新たな苗床として安定し、静かな鼓動を取り戻していた。
「……行こう、レオンハルト」
呆然と立ち尽くしていたアレクシスが、剣を収めた。 その表情には、深い悲哀と、諦観が浮かんでいた。
「アレクシス、お前……! ステラをあんな化け物のところに置いていくのかよ!」 「見ろ。……我々の入り込む隙など、もうない」
レオンハルトが見た先には、黒く染まった世界で抱き合う二人の姿があった。 そこには、誰も寄せ付けない、二人だけの完結した空気が流れていた。 ステラは、自らの意志で「籠の鳥」になることを選んだのだ。
「……くそッ!」 レオンハルトは拳を壁に叩きつけ、背を向けた。 二人の英雄は去った。 残されたのは、罪深き共犯者たちだけ。
***
それから、時は流れ――。
王宮の地下深く。 かつて「静寂の尖塔」があった場所のさらに底に、秘密の「庭」があった。
地上からは隔絶された空間。 そこには、魔法で咲き乱れる永遠の夜光花と、豪奢な家具だけが並んでいる。 ここは世界の「核」を守るための聖域であり、二人の咎人を閉じ込める牢獄だ。
「ステラ、髪が乱れていますよ」
ソファに座るステラの銀髪を、シルヴァリオが慈しむように梳かしている。 彼の表情は、かつての傲慢な宰相のものではない。 ただひたすらに穏やかで、そして狂気的なまでにステラへ依存する、崇拝者の顔だった。
「ありがとう、シルヴァリオ」 ステラの手には、黒い手枷が嵌められ、そこから伸びる細い銀の鎖が、シルヴァリオの手首へと繋がっている。 物理的な拘束など必要ないはずなのに、これは彼が望み、ステラが許した「絆」の形だ。
「ねえ、地上の様子はどうかしら?」 「アレクシス王が上手くやっているようです。……我々がここから魔力を送り続けている限り、この国は安泰ですよ」
シルヴァリオはステラの膝に頭を預け、愛おしそうに頬ずりをした。
「地上など、どうでもいい。……私はただ、貴女がいればいい」
あの日、ステラが彼を選んだ瞬間から、彼の世界は狭まった。 国も、野望も、名誉も捨てた。 今の彼にとっての世界は、この薄暗い地下室と、彼の罪を共に背負ってくれたステラだけ。
「愛しています、ステラ。ああ、私の救い主。私の呪い」
彼はステラの手のひらに、祈るように何度も口付けを落とす。 その瞳の奥には、彼女を失うことへの根源的な恐怖と、彼女を独占できていることへの暗い愉悦が揺らめいている。
ステラは、彼の頭を優しく撫でた。 自由はない。太陽も見えない。 毒のような魔力に侵され、二人の命は長くはないかもしれない。
けれど、不思議と不幸だとは思わなかった。 この孤独な男は、私がいなければ息もできない。 その重く、湿った愛に、全身が満たされているのだから。
「ええ……私も愛しているわ。だから、ずっと一緒にいてね」
ステラは微笑み、彼に口付ける。 二人は永遠に、この箱庭から出ることはない。 世界を救った人柱として。 そして、誰にも邪魔されない、罪と愛の鎖で繋がれた「共犯者」として。
暗い地下室に、幸せな二人の寝息だけが、静かに響き続けていた。




